韓流入植手法の威力

日本のマスコミはなぜ、韓国に対して過剰すぎる配慮をするののでしょうか。従軍慰安婦や徴用工などの政治的問題だけならば、報道しない理由や背景は容易に推測できますが、日本のマスコミの韓国配慮はあらゆる領域に渡っており、韓国にマイナスになるようなニュースはほとんど報道されません。前回ご紹介したIT、AIなどの最先端の科学技術分野だけではありません。

ごく最近の例で言いますと、西日本豪雨時の23日、ラオスでは豪雨はなかったにもかかわらず、韓国企業が建設中のダムが決壊し、大洪水に見舞われました。7/29現在で死者9人、行方不明者131人だという。大洪水の被害はカンボジアにまで及んでいるとのことですので、被害の甚大さは相当なものであったと思われますが、続報は全くなく、詳細は不明。

言うまでなく、NHKも読売も全く報道していませんが、読売は国連が8月6日、ラオスのダム決壊による被害の甚大さを報告したのを受け、それをごく簡単にわずか数行で、誰の目にも触れないような極小記事で報道したのみ。ましてやラオス政府が韓国企業に対して、高額な損害賠償を請求したとのニュースは全く報道していません。6日発表の国連報告書によると、ラオスのダム決壊による被害は、死者34人、99人が行方不明、6000人が避難生活を続けているという。

参照;「ラオス・ダム決壊」大特集(ここ以外では全く報道されていません。必見!!!)

また、サッカーロシア大会では日本代表の大健闘に日本中が歓喜に沸いていた頃、韓国が前回の王者ドイツを下し、日本でも報道されました。しかし韓国はこのドイツ戦も含めて、違反の連発で、違反ランキングでは、2位を30ポイントも引き離してのダントツの1位だという。世界では韓国のこの破廉恥な反則王者ぶりも報道されていますが、NHKも読売も報道していません。このZAKKA以外は、他のマスコミも同様だろうと思います。

全世界でテレビ中継され、世界中の人々が見ているサッカー世界大会で、警告を受けても平然と無視し、勝つためには手段を選らばずとばかり、堂々と反則を繰り返す韓国人選手の姿は、韓国人の精神の有り様を象徴しています。日本のマスコミはなぜ、韓国人の実像を全く伝えず、平然と隠蔽しつづけるのでしょうか。サッカーに限れば、試合中継を見ていた人々には、韓国人選手たちの、勝つためには手段を選ばぬその破廉恥さは伝わったでしょうが、マスコミがそれとして報道したか否かでは、人々に与える印象は大きく違ってきます。

日本人の韓国人に対する判断を大きく誤らせる日本のマスコミの韓国配慮報道はなぜかくも延々と、しかもあらゆる領域にまで及んでいるのでしょうか。この疑問の解明は日本の現在、そして将来を考える上でも最重要なテーマの一つです。

マスコミに偏向報道を強いる力とは、新聞や民放ならば広告スポンサーになるはずですが、韓国政府や韓国企業の広告量は圧力になりうるほど大きなものではありません。NHKならば、政府による圧力以外には考えられませんが、NHKの偏向は、少なくとも安倍政権の意向とは全く無関係であることは明白です。では何が圧力の源泉になっているのか。

これはわたしにとっても長らく疑問でしたが、最近はたと気がつきました。一言でいえば「入植」です。韓国人が「入植」によって日本乗っ取りを考えていることは以前にも指摘したことがありますが、その手法に特徴のあることに気がついたということです。入植といえば、イスラエルがガザ地区で行使している、占領地を拡大するための手法として世界的に知られています。イスラエルは武力を使ってパレスチナ人を追い出し、イスラエル人を送り込んで入植地を拡大してきましたが、今も紛争が絶えません。

一方、韓国人が企む入植は、武力もお金も使わない手法です。独裁者は権力を掌握するためには、暴力を使ってでも報道機関を配下におきますが、韓国人は平和裏に、いわばボトムアップ的に、マスコミへの影響力を高めてきました。日本のマスコミに韓国人を就職させ、初めは下っ端から徐々に影響力を強めていきます。

報道機関では韓国人記者は珍しくはありませんし、かつての韓国人差別への反省からも、在日韓国人の就職も積極的に進められてきました。報道機関のみならず出版社への就職も同様です。出版社は新聞や放送局のような公共性はさほど高くないので、その割合は報道機関ほどではないものの、韓流ブーム勃興以降は出版社に対する韓国の影響は高まることはあっても、下がることはなかったはずです。もちろん、日本から積極的に働きかけるということではなく、直接的ないしは間接的に韓国側から積極攻勢をかけてくるということです。

韓国によるこのマスコミ攻勢は、中央のみならず地方にまで及びます。実は弊社葦書房もその対象になってきました。弊社は今や開店休業どころか、閉店間際状態ですが、地方出版社は、新聞社や放送局とは違った情報の宝庫です。日本の隅々にまで影響を及ぼしたい(配下におきたい)と考えている韓国人にとっては、地方新聞、地方放送局のみならず、地方出版社も重要な攻勢ターゲットになるわけです。特に葦書房は、平成6年に死去した、創業者社長久本三多存命中から工作対象として狙われてきました。三代目のわたしの代になっても、それは変わっていません。

Wikipediaの「葦書房」には、非常に悪意に満ちた解説が掲載されていました。誰が書いているのかと思いながらも、借金返済に追われ続けて、Wikipediaどころではなく放置しておりましたが、数年前(Wikipediaの履歴を見たところ2014年6月)に、編集画面より全面削除をいたしました。誰でも自由に書き換えることができるWikipediaでは修正することは全く無意味に思われ、当事者の権限として実名で全面削除しました。ところが削除してもすぐさま削除が削除され、元の記事が復活させられます。また削除しました。しかし即座に復活。同じことが何度も何度も繰り返されました。

これまで葦書房は何度も移転を繰り返していますが、わたしはWikipediaには、住所変更はもとより、一文字たりとも書いたことはありません。Wikipediaに関与したのは、2014年6月の全面削除以外には皆無です。移転の度に誰かが書き換えているらしい。わたしはネット上の活動も全て実名です。匿名を使ったことはありません。Wikipediaは、書かれた当事者ですら削除することができないことを知り、非常なショックを受けました。アメリカの本部にも拙い英語で、簡単な文章ながら、名誉を毀損されても削除できない不当さを訴えたメールを送りましたが、返事はありません。

現在のWikipediaには、悪意に満ちた感情的な語句は消えていますが、勝手に書いてほしくないというのが正直な気持ちです。わたしの全面削除をすぐさま削除して元の記事を復活させているのは「丹の字」という匿名の人物ですが、当時はこの人物のWikipedia上の動きが名前にリンクされていました。「丹の字」氏はよほどヒマなのか、Wikipediaの様々なページにアクセスしていることが記録されていましたが、そのほとんどが韓国関連のページでした。日本関連の記事であるWikipediaの「葦書房」へのアクセスは、例外中の例外でした。現在のWikipediaには、「丹の字」の名前上のリンク先は変えられ、不明扱いになっています。わたしはこの時以来、Wikipediaは極力使わないことにしています。

Wikipediaの「葦書房」の書き込みには「丹の字」以外の大勢の人も関与していますので、このWikipediaの例だけで、葦書房に対する韓国人の攻勢を指摘しているのではありません。地方出版社は、日本の歴史は韓国が作ったとの歴史改竄を企む韓国にとっては、そのための素材入手先にもなりえます。世に知られてはいないものの、地方に大量に残されている古文書類は、古代朝鮮の古文書類が存在しない韓国にとっては、改竄材料の宝庫のようなもの。

ただ文字資料は漢文であっても、そのままでは韓国人の祖先が書いたものだと捏造するのは嘘がバレる危険性が非常に高い。そこでまず現代語訳したものを出版させる。古文書類は原典そのままでは、専門家以外には日本人にも読めません。ましてや韓国人には全く解読不能。現代日本語なら韓国人にも読めるからです。ここまでいくと妄想だと思われるかもしれませんが、葦書房で刊行済みの書籍の中で、この妄想とも思えるほどの危惧を抱く本が少なくとも3点あります。

・中国の高僧が書き残した書物の邦訳本・・・長らく仏教など宗教が禁じられてきた中国では、専門家もほとんど知らないはず。改竄にはもってこいです。韓国には僧侶の書いた仏教論はありませんので、韓国人の高僧の本に改竄予定。ただこれは非常に抽象的な内容で、この改竄は韓国人には容易ではないはず。

・廣瀬淡窓の漢詩集や教育論など多数の書物・・・韓国にはまとまった漢詩集や教育論集はないので、これらをアレンジして捏造予定。淡窓は九州の片田舎、日田にいたとはいえ、非常に有名な儒学者であり、教育者でもありますが、国公立大学から国文科が消されてから20年近くも経てば、淡窓の名前すら知らない研究者がほとんどではないか。となると、韓国人が淡窓に影響を与えたという捏造ストーリーが成立します。ただ作家の葉室麟氏は淡窓を深く敬愛し、淡窓を主人公にした小説を書いていたらしい。わたしは葉室氏の追悼記事で初めて、淡窓を主人公にした小説が書かれていたことを知ったのですが、葉室氏の唐突で早すぎる死は、このことと無関係ではないと直感しました。

・福岡の平原古墳から出土した多数の銅鏡の原寸大の写真付きの資料集・・・40枚もの銅鏡を含む超豪華な副葬品から、卑弥呼の墓だといわれている平原古墳から出土した銅鏡と同じものが韓国でも発見されるならば、卑弥呼は韓国ゆかりの人物だとの捏造ストーリーが成立します。原寸大の写真があれば、成分比率などを調べた上で、高性能な3Dプリンターでそっくりさんを作り出すのは簡単です。ただこの資料は弊社には在庫がありません。某所からの問い合わせにもその旨お返事しております。

もう一つ、出版ではありませんが、九州関連で、相撲の総家元である宗教法人吉田司家の消滅もご紹介します。吉田司家の由来と消滅に至る概略は下記のリンクをご覧ください。

NPO法人熊本相撲文化協会本朝相撲 吉田司家(PDF) 

Wikipediaの吉田司家

800年の伝統を有し、神事としての相撲の基盤を支えてきた吉田司家は、職員の不正により8億円もの巨額負債を抱えるに至り、紆余曲折を経ながらも、この巨額負債が原因で2005年(平成17年)、ついに建物丸ごと全てを手放さざるをえなくなり、建設会社に売却。跡地にはマンションが建っているという。壊された建物群の中には、非常に貴重な相撲関係の資料や美術品等を収蔵していた宝物館も含まれていたそうですが、その行方は不明だという。

その一方、地元では吉田司家再興の動きがつづいており、2015年4月18日には、阿蘇山の麓に吉田司家の拠点を移し、相撲三伸(天照大神、手刀男命、戸隠命)の仮遷座祭を行ったそうです。2,3年後に本殿を建設する予定だったそうですが、それからほどなく、9月には観測史上最大規模の阿蘇の大噴火、翌2016年4月には熊本地震が発生。とても偶然だとは思われませんが、新拠点への遷座は中断したままではないかと思われます。そもそも吉田司家の再興の動きそのものが、地元の西日本新聞ですら全くニュースになっておらず、先ほどネットで知ったばかりで、詳細は不明。

こうした吉田司家の混乱で、古い相撲関連の資料の一部は外部に流出した可能性は非常に高い。そして日本の相撲も、韓国がルーツであるとの捏造ストーリーに使われることになるはです。詳細は別の機会に譲りますが、すでにその兆候が現れています。

なお、以上のような韓国評は、韓国人の方々と身近に接する機会のある方々には違和感や反感を招きかねないかとも思います。個人として接する韓国人の方々は善良な方も多いと思います。しかし韓国の方々は総体としては、民族のプライドや国家のプライに関わる場面では、サッカーロシア大会で見せたような、全く違ったお顔を持っておられるということは、片時も忘れるべきではないと思います。

参照:「約束は無効と覚悟せよ」 福沢諭吉が見抜いた韓国の本質

ロボカップ2018

昨日、500エラーにより突如サイトが消えたことと、とりあえず急ごしらえながら新規サイト(昨日公開時とはURLを変えています。)を作ったことをお知らせいたしましたが、先ほど回復しました。サーバー管理会社からは、500エラーはCGIやPHPのプログラムエラーなので、会社の管轄外だとの連絡がありました。そこで、まずプラグインの整理を始め、いくつか不要なものを削除したところ、もとのサイトが回復し、余りにもあっけない回復ぶりにびっくりしているところです。次の更新日が迫っておりますので、以上、取り急ぎお知らせいたします。(8/16)

 

前回のなぜ真備町が襲われたのかでご紹介したRKBラジオご出演の気象予報士さんは、先日のご出演時には、昨今の豪雨や高温はこれまで例のないものだと、その異常さを明確に認める発言をなさっていました。わたしの指摘が届いたのか、あるいは別の方面からも同様の指摘があったからのかは分かりませんが、まずは事実を事実として認識することから全てが始まります。しかし目下の日本は、明々白々すぎる事実ですら、事実とは認めず、事実そのものを隠蔽しようとする圧力が社会全体に作用しています。

 

こうした圧力は、政治的権力によって行使されるものだと一般的には解釈されていますし、圧倒的多数の人々もそれを信じて疑ってはいないはずです。しかし何時の頃からか、日本社会にかかる圧力装置は、主体を持たぬ偏在的な姿へと変わってきたように思います。戦前ならば、天皇制を背景にした軍部が圧力主体であり、敗戦後はGHQが圧力主体となり、それぞれその姿はきわめて明確に認知しうるものとして存在し続けてきました。政府も国民もマスコミも、生物的ないしは社会的死を覚悟することなしには、それらの圧力下から脱することは不可能でした。

 

しかし現在は、かつてのような超越的な権力は存在しません。もちろんその時々の政権は政権を維持するために各方面に圧力をかけることもありますが、それらはきわめて限定的であり、かつてのような超越的な圧力装置とは全く様相を異にしています。現在の日本を覆う圧力装置は目には見えず、しかもあらゆる所に作用を及ぼす偏在性をも帯びています。当然のことながら、ほとんどの日本人が、それらの圧力を圧力とは感じぬまま日々を過ごしています。

 

このいわば目には見えない不可視の権力が、目下の日本を牛耳っているといっても過言ではありません。権力そのものは不可視ですが、その権力の行使は、当然のことながら個々具体相をもって現れますので、権力行使の結果として現れた様々な事例から権力の正体に迫ることは十分に可能です。その代表格がマスコミですが、かつてのマスコミの報道姿勢は、偏向も含めて、東西冷戦時代には西側(自由主義陣営)、東側(社会主義陣営)という左右に分かれた、非常に明確な政治的対立に依拠したものでした。可視化された明確な根拠に基づく偏向は、今から思うと、言論活動としてはある意味健全だったとも思われますが、現在のマスコミの偏向には、そうした健全性すら失われています。冷戦構造が崩壊し、世界の、そして人々の拠って立つ価値観が混沌としていることも背景にあることは事実だとしても、それだけでは日本の現在を語ることはできません。

 

マスコミの偏向とは、報道された内容によって生じる場合と、報道されなかったことによって生じる場合とがありますが、戦前の大本営発表のように、事実と異なる報道によってより積極的に事実を隠蔽するという、両者一体化型の偏向報道もありえます。基本的には言論の自由がある現在の民主体制下では、戦前のような露骨な統制型の偏向報道は見られないものの、報道しないという一見消極的に見える手法によって、重大な偏向報道がなされています。

 

とここまで書いたところで、今朝(昨日)の朝刊(読売)に目を通していたところ、地域版に「ロボカップ世界大会2018」で九州工業大学がV2を達成したとの記事が目に入りました。ロボカップ世界大会が開催されているとはこの記事で初めて知ったので、詳細が知りたくてWEB検索したのですが、日本語ページは受賞校の広報ページをいくつか見つけたものの、一般的なニュース記事はほぼ皆無に近い。なぜWEBにすらニュースがないのか余りにも不可解です。

読売の記事は非常に簡単な内容でしたが、九工大の広報を読むと、優勝した九工大のロボットは、トヨタやソフトバンクのロボットにも採用され、その高度な能力はすでに実用レベルでも証明済みの優れものだという。読売はここまでの紹介はしていませんでしたが、詳細は以下のリンクをご覧ください。

世界大会「RoboCup 2018」で優勝! 2連覇の快挙!!(九州工業大学 Domestic Standard PlatformとProcter & Gamble Dishwasher Challenge Awardの2部門でそれぞれ第1位)

検索する中で見つけたのですが、福岡では、福岡大学も九工大とは別部門で優勝していることを、同大学のHPでて知ったばかりで驚いています。読売はこちらは報道していませんでした。

ロボカップ2018世界大会で福大チーム2大会連続4度目の優勝(福岡大学)

こちらも検索で見つけたので、リンクを貼っておきます。ロボカップモントリオール世界大会で本校学生が世界一!(東京都立産業技術高専)

 

そこで他国の状況も知りたいとは思いましたが、日本語ページでの紹介、解説は見つからず、やむなく英文の公式サイト、カナダ・モントリオールRoboCup 2018にアクセスして、RobCup 2018 Award(ロボカップ2018受賞者―念のためも受賞者一覧ページのURLも書いておきます。http://www.robocup2018.org/?page=award&lang=en)を開いてみたところ、何と、日本の受賞者は上記3大学以外にも以下の5大学が受賞していました。

 

玉川大学 Domestic Standard Platform部門で第3位

名古屋工業大学 escue Competition部門で第3位

龍谷大学 Technical Challenge部門第3位

愛知県立大学 Challenge Shield部門で第3位

千葉工業大学 Kid Size Technical Challenge部門で第1位

九工大が2部門受賞していますので、延べ数での日本の受賞は9大学になります。

 

他国もいくつか紹介しますと、ドイツが超ダントツの43,イランが15,中国が11,フランスが11,(日本が9)、オーストラリアが8,アメリカが7,ネザーランドが6,インドネシアが5、ポルトガルが5,台湾4,メキシコが3,チリが2、タイが2。意外なことに英国が1(Virtual Robot Competition部門で第1位)、韓国が1(Kid Size Technical Challenge部門で第3位)・・・多い国は一部数え間違いがあるかもしれません。直接、一覧にてご確認ください。

 

ついでに調べてみたところ、RoboCupはかなり前(1990年代後半頃)から続いているらしい。世界大会出場者を決めるためのロボカップジャパンも2000年前後頃から始まっているようですが、日本では一時の中断(おそらく予算が徹底的に削られた小泉政権時代)を挟み、最近はかなり活況を呈しているようです。昨年は何と、世界大会が日本の名古屋で開催(RoboCup 2017 Nagoya Japan)されたそうですが、当時購読していた西日本新聞では全く報道されていません。(参照:ロボカップ日本委員会

 

読売も含めて他紙もおそらく報道していないのではないか。WEBを検索しても、関連記事は主催者や入賞大学等の当事者自らが発信している広報記事以外はほぼ皆無だからです。ほぼといったのは、根気と時間が続かず、検索は4,5ページぐらいで最終地点にまでは至っていないからです。これら関連ニュースは、NHKラジオでは全く放送していないのは言うまでもありません。今朝のNHKラジオでは、サムスンの新製品を非常に詳しく紹介をしていましたが、放送基準はどこにあるのでしょうか。しかしこうした隠蔽による偏向は、NHKだけではないところが深刻です。

 

ところで、IT、AI基礎技術であるプログラミングの42回目の大学対抗プログラミング国際大会が、今年の4月に北京で開かれたそうですが、これも全く報道されていません。この大会では東大をはじめ日本勢も好成績を上げたという。RoboCup2018では名前のなかったロシア勢が1位、2位を独占したのも興味深い結果です。日本でもRoboCup入賞大学と大学対抗プログラミング国際大会入賞大学が見事に分かれており、IT、AI技術の奥深さを感じさせる結果になっています。ただ中国は両方で上位に食い込んでいることにも注意が必要ですが、日本も国別に見ると、両部門とも上位に食い込んでいることになるのはあらためていうまでもないでしょう。ただ研究予算等の配分に当たっては、安倍政権お好みの、トップスリー大学への集中投資という偏りは、日本の今後を危うくしかねないことも、これら世界大会の結果から読み取ることもできるはずです。しかし日本では、こうした基礎判断の資料となりうる報道がほとんど隠蔽されていることをまず問題にすべきです。

 

今回は全く想定外のニュースに遭遇し、「不可視の権力」として完結させる当初の予定を変更せざるをえなくなりました。次回はこの続編として、さらに核心にせまるブログを発信することにいたします。

 

なぜ真備町が襲われたのか

異常気象という言葉が無意味になるほどに異常気象が日常化していますが、この「異常」さが天然自然のものなのかどうか、諦めずに問い続ける必要があります。直近の台風12号は東から西へという、専門家もきわめて稀だ(前例がない)というほどに超異例のコースを辿りました。折も折、12号接近時は、苗場でフジロックフェスティバル(27日ー29日)が開催されていましたが、何と今年のフジロック最終日の29日には、ボブディランが初出演したという。日本での公演は101回目になるそうですが、ノーベル文学賞受賞後は初来日、フジロックには初出演という初物尽くし。

 

超話題になっていたと思われますが、わたしは台風12号関連のニュース検索で初めて知ったばかりで驚いています。ボブディランのフジロック出演は今年の3月に発表され、話題になったそうですが、わたしが主たる情報源としている読売新聞とNHKラジオでは、全くこのニュースを報道していなかったからです。読売新聞は公演後の同日の夕刊で、小さな囲み記事で初めて報道していましたが、なぜ事前に報道しなかったのでしょうか。NHKラジオは、わたしが聞いた範囲では事後も全く報道していません。

 

実はボブディランは訪日直前の27日には、韓国で2回目の公演を開催したという。西日本豪雨被害にダメ押し的な打撃を加えるはずであった台風12号は、太平洋上で25日に発生後は超異例のコースを辿って日本に接近しましたが、その理由は、韓国でのボブディラン公演が、まかり間違っても台風や豪雨被害に遭う怖れは皆無のコースとして設定されたからではないか。その一方で、日本のフジロックは豪雨で襲う。事実フジロックは毎年のように豪雨に襲われていますが、今年は幸いなことに、最終日のボブディラン出演時は降雨はなかったという。ちなみに韓国でも毎年ロックフェスティバルが開催されていますが、韓国ではおそらく豪雨被害には襲われていないはず。

 

台風12号は、フジロックのみならず夏のイベント真っ盛りの週末に、関東地方と西日本両にらみコースで影響を与えるべく、超異例のコースを辿ったわけですが、無理矢理作り出したからか、目がないという姿形まで異例な台風になりました。しかし福岡市では台風12号による風のおかげで、高温のわりにはやや過ごしやすい日々が続きました。のみならず、「快晴」であるにもかかわらず、夜昼なく空を覆っていた薄い灰色の膜が消え、久々に夏空らしい青空になっています。12号接近間際、非常に幅広のケムトレイル(筋雲)が現れましたが、その太い筋雲の下を赤い雲と黒雲(なぜ赤い雲と黒雲が同時発生するのか?)とがそれぞれ塊をなして並んで、時にくっつきながら、かなりの速さで流れていきました。その後も数日、快晴と全天灰色とが交互に繰り返されつつも、風の吹く日が続いたせいか、夜も昼も空を薄く覆っていた靄(モヤ)、霞状の膜が消え、快晴と呼ぶにふさわしい青空がやっと現れたというわけです。

 

霞状の膜が消えたことで、「快晴」であるにもかかわらず、霞状をなす物質で空中が覆われていたことが改めて確認できました。PM2.5や黄砂の飛来もないにもかかわらず、なぜ霞状の物質が空中に発生するのか。天然自然によるものではないことは明らかです。わたしもWhy in the Word are They Spraying? を見るまでは、晴れてても夜、星が見えないなあとかなり前から感じていましたが、格別に気にもとめていませんでした。しかしケムトレイルが、雨のタネになるヨウ化銀だけではなく、様々な物質を噴霧していることを知ったことで、晴れていても夜空に星が見えない理由が分かりました。噴霧された物質が薄い灰色の霞状の膜となって空を覆い、月光を遮断するほどではないものの、星の光は遮断されていたということ、つまりは人為的な現象であることに気がついた次第です。

 

ところで、青空になったのもつかの間。午後から空が灰色に覆われ始めました。それから間もなく、突如大雨が降り始めましたが、雨は数分で止みました。雨の後は、降雨前よりは霞みながらも薄い青空が広がっていますので、夏特有の夕立だといいたいところですが、従来の夕立とは全く違います。夕立とは、晴れて空は青空なのに突如地域限定で大雨が降る現象ですが、現在の「夕立」は、全天が灰色の雲に覆われた後に大雨が降り始めます。その後、全天を覆っていた雲が消えるとともに雨も止みます。実は、数日前にも全く同じような、全天が雲に覆われた後に降る「夕立」現象が発生しました。この日は筑後地方に竜巻が発生したとのことで雷も鳴りましたが、雨はほどなく止みました。その後、灰色の膜状の雲も消えましたが、これらの「夕立」現象は、夕立ですら、従来の天然の夕立とは異なっていることが分かります。

 

以上は、ここ1週間余り、ヒマを見つけては観察した夜、昼の空の様子です。どこでも誰もが頻繁に目にしているケムトレイル一つとってみても、近年は天空に人為的に粒子状のものが噴霧されていることは明らかです。かつては工場地帯を中心に、有害化学物質が霞状になって天空を覆っていたわけですが、これらは公害とみなされ、反公害闘争が各地で起こりました。しかし、現在の天空を覆う化学物質については、その存在すら見ざる、言わざる、聞かざる状態。専門家すら見て見ぬふりをしています。ましてやその正体を調べようという動きすら皆無。

 

それどころか、連日の超高温状態がつづく異常さが問題になっているさ中、某著名なお天気予報士は、平安時代も今のような40度前後の高温がつづいていたという新説(珍説)を披露。その根拠として、徒然草の「家のつくりやうは夏を旨とすべし」というフレーズを挙げているのをRKBラジオで聞き、ビックリしました。徒然草は鎌倉時代に成立したもので、時代的にもかなりはずれていますが、時代的ずれ以上に、このフレーズは、むし暑い夏を過ごさざるをえない日本では、一般家庭にエアコンが普及するまでのつい最近までは真理であったはずです。

 

この程度のことは日本人なら誰もが知っている常識だと思いますが、わたしは天気の専門家がこれほどいい加減なのかと衝撃を受けました。しかしさらに続きます。異常気象がテーマであった今週のNHKの日曜討論でも、専門家の一人は、今のような異常気象は昔から繰り返されてきたものだと、事もなげに発言していました。日本の気象専門家の中には、非科学的な人が多いことには驚愕しました。

 

近年の夏は高温化しているとはいえ、今年の超高温は前例のないことは、データとしても裏付けられていますが、異常高温は日本だけではなく、アメリカの一部や北欧やカナダなども同様だという。となれば、今年の異常高温は日本だけではなく、世界規模で発生している現象だとして何となく納得してしまいそうです。しかし、大気温をかつてないほどの高温にしているその熱源は何でしょうか。基本は太陽以外にはありませんが、太陽から地球に届く熱量が激増したという異変の事実はありません。あれば世界中、大騒ぎになっているはずです。とすると、残るは人工的なもの以外にはありません。

 

人工的といえば、二酸化炭素(CO2)の増加による地球温暖化が原因だと単純に解説されますが、近年、CO2が激増したという事実はないはずです。人口増や森林の伐採はCO2増の原因にはなりますが、これだけでは全球的な激烈な気候変動は起こらないはず。仮に温室効果ガスのCO2が原因だと仮定しても、専門家が指摘するように、CO2が太陽熱の大気圏外への放出を遮断して高温化が進んでいるのであれば、CO2は太陽光が地球に届くのも遮断しているはずです。宇宙からはCO2の壁をドンドン突破して太陽光が地球に大量に届くにもかかわらず、地球から宇宙に向けて熱を放出する際には、CO2が壁になって大気圏外には出ないというのは何か不可解ですね。両者の熱放出力の違いによるものですか。しかしCO2の壁で地球の大気が完全に覆われているのであれば、全球が高温になるはずですが、異常の発生は北半球に集中しています。しかも地域的偏りがあります。

 

日本列島周辺の海域は高温化していますが、この熱源は何ですか。天然の現象ならば太陽以外にはありえませんが、なぜ近年になって、太陽は日本列島の海域に集中して熱を送っているのでしょうか。太陽にいかなる変化が生じて、日本列島の海水温を上昇させるメカニズムを持つに至ったのでしょうか。温暖化によるものだ、専門家からはこの答えしか返ってこないでしょうが、専門家ならば、もっと厳密かつ科学的に考えるべきだと思いますが、日本の科学者はオウム返し学者が余りにも多い。彼ら「オウム」たちに教えている尊師は誰なのか。

 

今年の異常高温も含めて近年の異常高温は、この高温化をもたらす熱量の総量としては、太陽から届く熱量の総量をはるかに超えているのではないか。人工的に加えられたものとしても、通常の人間の生産活動からは放出不可能なほどの莫大な熱量です。気象改変には、ケムトレイルによる化学物質の噴霧だけではなく、気流を動かすための人工的な高エネルギーの放射も不可欠です。HARRPが有名ですが、HARRPか類似の装置によって発せられる電磁波エネルギーは、狙った特定地域を高温化させるだけではなく、この装置設置の周辺地域一帯をも不可避的に高温化させているのではないか。これほど異常な気象に襲われ続けているというのに、気象兵器、気象改変に関する一切が、ネット以外の公の場で完全にタブー視され、羊の群れのようにモノ言わぬ国民は日本以外にはないと断言します。米中は気象兵器分野でも激しい覇権争いを展開しているというのに。(参照:気象コントロール戦争レースの行く末は)

 

5000億円もの巨額の税金を投じて(アメリカに献納して)手に入れた、イージス艦で日本を護れると考えているらしい日本政府・安倍政権が余りにも哀しい。中国は、1000機ものドローンを一気に操作する技術を確立し、まずはその技術をイベントで披露していますが、当然のことながら即軍用に転換可能。1000機ものドローンの一気操作はアメリカでも未開拓、中国のみ成功していますが、無人ドローン1000機で襲撃された場合、高性能で高価なイージス艦も対応不可能になるのではないか。しかも1000機が2000機になる可能性もゼロではありません。また中国は、海中ドローンもすでに開発しています。これらのドローンもAIの塊ですが、中国は小学校からプログラミング教育が導入されています。

 

海外にちょっと目を転ずるだけでも、日本人の無知とナイーブさがさらに際立ってきますが、政治家を含む日本人の無知とナイーブさは、マスコミが主導する「見ざる、言わざる、聞かざる」バリアによって生み出されたものでもあるわけです。大手マスコミが事実を事実として報道すれば、日本国民はもとより、外国政府への忖度度が異常に高い日本の政府や政治家も、現実を直視せざるをえなくなりますが、日本のマスコミは事実を隠蔽しつづけています。

 

日本のマスコミの「見ざる、言わざる、聞かざる」バリアはなぜこれほど異常に強いのか。その理由を探るためにも、最近の異常気象を再度検証することにいたします。台風12号の超異常コースの背後事情はすでに見てきましたが、その直前の西日本豪雨を見ることにいたします。西日本豪雨での最大の被害地は岡山県倉敷市の真備町です。実はこの真備町は、奈良時代を代表するあらゆる領域に精通した万能の学者であり、公卿でもある吉備真備の出身地です。吉備真備は遣唐留学生として唐に渡り、716年から735年の19年間も唐で儒学。兵学、天文学、音楽などを学び、帰朝時にはそれらに関する膨大な量の中国の典籍や器物や楽器などを持ち帰り、奈良時代の文化形成に多大な貢献をした人物です。

 

この真備の何が問題なのでしょうか。吉備真備の「世界大百科事典第2版」に詳しく紹介されている、真備が唐から持ち帰った文物を見ると、奈良時代の文化、社会の形成には中国唐の影響が多方面に渡って及んでいたことが改めて分かります。しかし昨今の日本の古代史研究では、奈良時代の文化も韓国(当時は新羅)が作ったとの韓国流謬説が幅をきかせています。ということで、日本が中国の先進文化文物を直接摂取して、中国文化の強い影響を受けながら、日本的文化、社会を形成していったという資料に基づく従来の解釈は抑圧、排除される流れができてしまっています。以前にも紹介しましたが、九州国立博物館の常設展示場には、遣唐使の模型展示コーナーがあります。日本が中国に献上した品々と、遣唐使が中国から持ち帰った様々な文物が左右に分かれて展示されているのですが、帰国の船には中国の書物が山積みされていました。

 

これは日本の使者が中国から大量の書物を持ち帰ったという日中双方に残る史料に基づく立体展示ですが、わたしがこの展示をサイトで紹介して以降に同館を訪れると、この展示に大異変が起こっていました。帰国の船から書物が全て消えていたのです。それまでは何時訪れても、帰国の船には書物が山積みされていたのですが、わたしのサイトを見て、こんな展示のあることを知ったある筋から、書物を全て消せとのお達しがあったのではないかと思われます。それ以外に、学芸員が自ら進んで史実を完全に無視した大変更をするはずはありません。

 

遣隋使や遣唐使の派遣事業そのものが、日本がいかに中国の強い影響下にあったかを示すものですが、非常に広範囲に渡る吉備真備が持ち帰った唐の文物は、その中国の強い影響の個々具体相をより強く印象づけます。しかも真備は唐で兵学を学んでいたこともあり、当時の朝廷が新羅の襲来に備えて、真備に対して現在の福岡県糸島市にヤフオクドームの20倍もあるという巨大な山城、怡土城を築かせています。福岡ではこの怡土城築城の目的(新羅の襲来防御)は不自然に隠されています。真備は何重にも渡って、日本文化は韓国が作ったという昨今幅をきかせている謬説の流通にとっては邪魔物でしかありません。真備が持ち帰った唐の文物などは、東京や奈良などに保管されていると思われますが、関連資料は地元にも残されていたのではないか。この豪雨被害で真備町の図書館も民俗博物館も水没し、史書にもその名をとどめる非常に古い歴史をを持つ同町の、貴重な資料群も水没したという。

 

しかも広島、岡山などの中国地方には、非常に豊富な弥生時代の遺跡類が多数存在します。この地方は、どう捏造しても朝鮮半島と関係があったと主張しうるモノがほとんどありません。つまり、この地域一帯そのものが、日本文化は韓国が作ったという謬説を主張するには邪魔物だということです。福岡県の筑後や筑豊地域にも、韓国にはまったく存在しない古代遺跡が多数存在しますが、この地域は同時に豊かな穀倉地帯、農業地帯でもあるわけです。現代同様、古代においても農業(稲作)に適した地域に人々が暮らしていたことが、これらの遺跡からも読み取ることができます。しかし繰り返し繰り返し襲う異常豪雨は、地域丸ごと古代遺跡を破壊しようとしていますし、一部では破壊に成功しています。

 

もう一点、自然災害ではありませんが、最近、似たようなニュースがありました。細川元総理が理事長を務める永青文庫が所蔵する漢籍4175冊を中国に寄贈したというニュースです。永青文庫は細川家が収蔵している日本や東洋の古美術や古文書を保存管理している財団法人ですが、そのコレクションの中から、いくら元の持ち主に返すとはいえ、漢籍4175冊もを中国に寄贈するとは驚くべきニュースです。しかしこれも例に漏れず、読売新聞は一行足りとも報道していません。NHKラジオも然り。わたしは偶々ネット検索をしていて、このニュースを少し揶揄するような記事でこの文化大事件知ったのですが、一般マスコミでは日経だけが簡単に報じているだけで、他は完全に無視しています。なぜか。改めての説明は不要だと思いますが、要点だけ記します。(参照:日本の永青文庫が中国国家図書館に漢籍4175冊を寄贈 北京で式典

 

1 本家中国にお返しするとはいえ、4175冊もの漢籍をポンと寄贈するとは、細川家が所蔵する漢籍だけでもがいかに膨大なものであるかが、素人にも分かります。

2 細川家が所蔵する中国の文物だけでも膨大であるということは、日本全体で所蔵する中国の文物の膨大さは、おそらく素人には想像することすら難しいほどではないか。事実、細川家が今回中国に寄贈した漢籍は全て、日本国内の他の機関や大学等にも収蔵されており、細川家にしかないという漢籍は含まれていないという。

3 この多数の中国への漢籍寄贈ニュースは、日本ではいかに膨大な数の中国の書物が、営々と読み継がれてきたかを改めて思い知らされるきっかけになりました。つまり、近代以前の日本は、古代においてはもとより、西洋文明の流入後はそれと併存させつつも、いかに強く中国文化の影響を受けていたかを、国内外に知らせるニュースであったわけです。

 

このニュースは、日本文化は韓国が作ったという謬説を一気に吹き飛ばす威力を持っています。マスコミが完全に無視したゆえんです。しかし韓国はいかなる手段を使ってでも、この謬説を日本に定着させ、世界に広める工作を貫徹させるはずです。その有効な手段の一つが気象兵器ですが、韓国単独ではこの新鋭兵器は使えません。アメリカの悪徳勢力と結託しているのは明らかです。アメリカの悪徳勢力には、世界農業の支配を目論むモンサントだけではなく、漁業関係者も含まれているはずです。日本の漁業は、3.11ではなく、その後に頻発し始める超豪雨などの異常気象の間断なき襲撃を受け、漁獲量が激減し、アメリカなどから輸入した水産物の加工にシフトする例も多々出ているからです。

 

アメリカ政府が気象兵器を使って日本の気象を操作しているかどうかは分かりませんが、少なくとも、アメリカ政府(軍)が開発した気象兵器の技術を、民間企業が利用することは認めているはずです。日本では気象兵器は猛烈なタブーになっていますが、気象の人為的操作が可能であることは、1976年、国連で気象兵器禁止条約(環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約)が締結されたことからも明らかです。締約国は124カ国、条約の発効は1978年、日本は1982年に加入しています。1984年と1992年の2回、この条約の改正検討会議が開催される。改正には至っていませんが、2回も検討会議が開かれたということは、国際社会には気象兵器に対する懸念があることを示しています。恐らく、規制の強化にはアメリカが反対したのでしょう。

 

この条約の目的は、上記リンク先にもあるように「現在あるいは将来開発される技術により自然界の諸現象を故意に変更し(例えば地震や津波を人工的に起したり台風やハリケーンの方向を変える)、これを軍事的敵対的に利用すること」を禁止することにあるという。つまり、気象改変装置を平和利用することや、国土・国民の安全に資する利用は認められているということです。つい先日、気象庁はスパコンを使って、異常気象の予測精度を高める方針であることを明らかにしましたが、予測精度を高めるだけではなく、異常気象を他国に害が及ばないような方法で減衰ないしは日本への襲来を阻止する技術の開発に力を注ぐべきです。世界では気候を操作する技術を研究する、ジオエンジニアリング(地球工学)が存在するわけです。国連禁止条約でも、他国に害を与えなければ気象操作技術の研究開発は禁止されていません。アメリカ政府が禁止しても、日本政府は断固無視すべきです。

 

ただ今の大学には、政府と文科省の愚かな監視が強化される中で、こうした研究の自由があるのかどうかが問題です。政治家や官僚の恣意的介入を避けるためにも、選別なしに研究予算は全て大学に配分すべきです。また選別には、事前事後ともに多額の予算と膨大な事務仕事が発生します。これほど無駄なことはありません。政府や官僚に認められた研究以外には研究できないという愚かな縛りは解除し、大学では自由に研究することができる環境の回復は不可欠です。AI研究でも、特定のトップ校だけではなく、全大学で研究ができるようにすべきです。

 

例えばAI研究のタネにしても、特定の高度な領域のみならず、生活の様々な領域にも無数に転がっているからです。文科省や経産省は特定の企業と組んで新製品開発に力を注ぐのではなく、大学や企業での研究開発がスムーズに進むような環境整備、人材育成や指導者の確保、あるいは法整備などを先んじて進めることこそが、まず第一の任務ではないかと思います。そうした判断のできる政治家や官僚を含めた日本人の人材育成そのものが、世界標準からは20年くらい遅れているという悪循環に陥っていますが、時間が経てば経つほど、このループから抜け出すことは困難になります。

 

具体的にはIT・AI教育ですが、人材育成を放棄してきましたので、今すぐ指導者を確保することはほとんど不可能です。この際教諭免許の枠をはずして、企業を退職した技術者や情報工学系や数学系の大学生や院生なども積極的に活用すべきではないかと思います。すでにプログラミング教育を実施している塾などの力も借りてもいいのではないか。教科としての厳密な評価も現段階では不要。興味を持った子どもたちは、自ら進んでその先を選択することになるはずです。義務教育ではその苗床のような役割が果たせればいいのではないでしょうか。

 

 

AIと教育

前回の気象は操作できるの続きを書くべきかと思いつつも(書くべきことが多々ありますので)、最近読んだ話題のベストセラー、新井紀子著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を取り上げることにしました。本書は非常に面白い本ですが、日本の科学行政・教育の現在をも、言わず語らずに照射しており、「気象」怪奇問題とも全く無縁ではないと思われたからです。わたしのこの読みは、おそらく著者の意図せざる面をも含んでいるとは思いますが、本書のプラス、マイナス両面を、素人探偵よろしく探索することにいたします。

 

本書の前半は、数学の専門家である著者がリーダーとして進めてきた、「ロボットは東大に入れるか」(「東ロボ」)プロジェクトを背景にしつつ、AIについての原理や特性などが分かりやすく解説されています。わたしは、数学の専門家が数学的アプローチからAIについて解説したものを読んだのは初めてでしたので、非常に勉強になりました。本書で示されたAIの数学的定義とは、数値化された情報によってその機能が付与されるということ。数値化されない情報は、AIの機能としては取り込めない、付与できないということです。新井氏はこれがAIの弱点であると指摘し、本書では、この弱点がかなり強調されています。

 

このAIの弱点は東ロボプロジェクトによって実証されたわけですが、このプロジェクトがもたらした成果(結果)とともに、合格レベルを上げるために様々な試行錯誤が繰り返し行われたことが詳細に報告されていますが、結論としては、東ロボくんは東大合格までには至らなかったものの、有名私立大学MARCH(明治、青山、立教、中央、法政大学)合格レベルの能力を獲得したという。しかしこのニュースはほとんど知られていないのではないか。ましてやこれが何を意味しているのかについては、大半の日本人は知らないまま(知らされぬまま)現在に至っています。しかし本書は話題になり、ベストセラーにもなっています。書店にも山積みされていますので、本書で初めて、東ロボくんがMARCH合格レベルの能力を持っていることを知った人も多いはず。わたしもその一人です。

 

東ロボくんがMARCH合格レベルの能力を持っているということは、東ロボくん(AI)がホワイトカラー職の大半を奪うということを意味していることを、著者は危機感をもって繰り返し強調しています。この危機を乗り越えるためには、すなわち人間がAIに負けないために何が必要なのか、著者の新井氏はAIの弱点を示しながらその方策を明らかにしていますが、この方策を探る中で、日本の将来を担う小中高生を中心にした現代日本人の最大の弱点が、図らずも露呈されてしまいした。AIの最大の弱点は、数値化できない文章の読解ですが、実は、小中高生もAIと全く同じ弱点、文章の読解力が非常に低いという事実が判明しました。これが「教科書が読めない子どもたち」という衝撃的なタイトルのゆえんでもあるわけですが、読解の分野によっては、小中高生よりも東ロボくんの方が上回る事例すら出ています。

 

この衝撃的な結果は、新井氏が中心になって実施した「基礎的読解力調査」によって明らかになったものですが、調査に至る経緯も詳しく書かれています。出題した問題も紹介されていますが、おそらくこれまでどんなレベルのもであれ、実施されたことのない類の問題ばかりです。読解力調査とはいえ、問題はいずれも、おそらくどれほど優秀な国語の専門家でも考え付かないであろうような内容です。それほど特殊な問題なのかといえば、さにあらず。本来ならば、誰にでも読めて、誰にでも答えられるであろうはずの、平易な文章を使った平易な設問ばかりです。

 

しかしこれらの問題には、東ロボプロジェクトを率いた数学者新井氏ならではの工夫が隠されています。ロボットに言語能力・読解力を持たせるためには不可欠な文章読解のタイプ分け、分類に基いて作問されていることです。非常に平易な作問ながら、読解力の真髄を問う内容になりえているゆえんだろうと思います。わたしが本書でもっとも感動したのは、これらの読解力調査の問題群です。これらの問題群を見ると、新井氏の数学者であるとともに数学者の枠をも超えた非凡さが伝わってきます。

 

しかしその一方でわたしは、新井氏のAI観には多々疑問も感じています。最大の疑問点は、新井氏はAIをめぐる動きを、あくまでも理論的枠内で考察していることです。理論的枠内とは、数値化可能な情報のみがAIの糧になり、言語に代表されるような数値化できない情報は、AIにとっては未来永劫対応不能だという基本認識に依拠しているということです。新井氏が、シンギュラリティ(AIが人間の能力を超えるという技術的特異点)は来ないときっぱりと断言しているのも、この基本認識によるものです。新井氏が本書で強調しているのは、昨今の風潮として過度に高まっている、まるで万能の神でもあるかのようにAIに抱く過剰な期待は、AIの基本原理を無視した全く根拠のないものだということです。

 

新井氏のこの指摘は、AIの能力を冷静に理解するには非常に有効なものですが、その一方で新井氏の指摘は、AIに対する人々の興味関心を一気にそぐ、身も蓋もない、いわばぶっちゃけ話の類いだとも言えば言えるるわけです。しかもこのぶっちゃけ話的効果は、われわれ素人のみならず、プロの方々にまで及びそうな厳しさを孕んでいます。

 

もしも企業や大学などの研究者たちに、本書に書かれているようなAIの限界を容赦なく原理として突きつけたならば、AIに関する新しい技術を開発しようと考えていたり、新しい製品の開発を考えていたとしても、彼らの中に芽生えていた創造への意欲は、一気に萎えてしまうのではないかとまで感じさせられました。原理を無視した創造は創造たりえないともいえるわけですが、不可能を可能とするところにこそ、真の創造や学術的・技術的革新が生まれるのではないでしょうか。

 

実は本書の冒頭付近に、原理的には不可能だとされていたAIの画像認識において、その壁を突破した新技術の登場に驚愕した、新井氏自身の体験が紹介されています。画像認識においても、AIに膨大な情報を投入して、そのデータを基にAIは眼前の物体を識別するのですが、その識別にはどれほど精度を上げても10秒はかかるという。ところが昨年2017年4月に、アメリカのワシントン大学の大学院生が、0.02秒で、つまりはリアルタイムで目にした物体を検出するシステムを開発したという。新井氏も招かれて東ロボについて講演した国際会議で、その新技術の披露を目にした新井氏は、思わず「嘘でしょ」と叫んだほどの「驚くべき技術」だったという。ここまで精度が上がると、新井氏自身も認めているように、AIの目はほぼ人間の目に近いといえるわけですが、このAIの目は自動運転の安全には不可欠の技術です。

 

新井氏はこの驚くべき実例を紹介しながらも、AIの能力のさらなる拡張が可能だとは考えておらず、その限界をわれわれ読者に伝えることに主眼を置いています。その一方で新井氏は、AIによって現在ある仕事の多くが奪われることへの対処を、危機感をもって強く訴えています。AIによってもたらされるこの危機を、世界で最初に指摘したのは新井氏であったことも紹介されています。われわれの仕事の大半を奪うAIは、これまで人類が経験してきたいかなる技術革新とも全く異質だとAIの特異性を指摘しながらも、なぜAIがそれほど特異的な能力をもつに至ったのか、そこに関しては新井氏はほとんど触れていません。AIは数値化されたデータを四則計算で処理しているだけの計算機にすぎないという、AIの限界だけが強調されています。

 

この限界強調にわたしが違和感を感じるのは、このAI認識だけでわれわれ日本人は生きていけるのかとの危機感を覚えるからです。新井氏は当然のことながら、プログラミング教育にも反対しています。日本語の基礎的読解力もない子どもたちに、プログラミング教育なんてもってのほかだというのももっともだとは思うものの、IT・AI登場以降の時代に生きる人間にとっては、プログラミングの基本的知識は、産業界が求める能力であること以前に、世界を認識するための不可欠の基礎知識だと思います。しかもこの新技術は、かつて人類が経験したことのない全く特異な技術であることは、新井氏も含めて誰もが指摘していますし、この新技術を使った機器類や製品はわれわれの生活の隅々まで浸透しています。

 

しかし日本では今に至るも、小中高では、人類史を画するこの新技術を使った製品の使い方は教えられても、この新技術そのものは教えられていません。大学でも専門学科の学生以外は学ぶ機会はありません。これほど異常なことがあるでしょうか。安倍政権になって初めて、小中高にプログラミング教育の導入が決まりました。その準備が進みつつある中での本書の出版は、この動きに水を差す結果になりそうですが、プログラミング教育の導入は予定通り進めていただきたい。不祥事噴出続きの安倍政権は、支持を公言するのもはばかられるような惨状を呈していますが、プログラミング教育の導入は英断であったと思います。

 

AI技術の人類史を画する特異性は、言語的指示を示すプログラムによって動くという点にありますが、それをいわば可視化したプログラミングそのものに触れることなしには、その真髄まで理解することは不可能だと思います。プログラミングの原形は無機的な数字ではありますが、それらの数字が意味するところは言語化できる有意味生を帯びているわけですから、専門家以外は、プログラミングを通してAIの真髄に触れることで十分だろうと思います。プログラミング教育導入の最大の目的は、小中高生全員をプログラマーの卵として育成することではなく、プログラミングの実際に触れて、IT・AIの真髄を理解することに置くべきです。この人類史を画する新技術の小中高での必修化に今なお反対する人々が存在することは、全く理解不能です。彼らは日本の後進国化を望んでいるのではないか、あるいは日本人を無知のままAIの渦の中に放り込もうとしているのではないかとさえ考えてしまいます。

 

新井氏は日本の子どもたちの基礎的読解力不足による学力低下の現実に驚愕するととともに、何とかしてこの惨状を変えたいと心底願い、考えて提言されておられるわけですが、基礎的読解力の回復だけで、AIと対抗しうると考えておられることには非常な違和感を覚えます。新井氏は、AIは今ある仕事の大半を奪い、われわれの生存そのものを脅かしかねないと繰り返し述べていますが、AIがなぜわれわれの仕事の大半を奪うほどの、人間と同等の能力をもっているか、その不思議さや驚き(人類史を画するAIの特異性)については、少なくとも本書ではほとんど言及されていません。それどころか新井氏は、AIは単なる数値化された情報の塊にすぎないと断言し、AIに対する驚きの芽生えさえ排除しています。これは、新井氏が余りにも優秀すぎる数学者ゆえなのか。

 

国立情報学研究所教授、同社会共有知研究所センター長という、公的機関の幹部でもある新井氏の優秀さは、ボランティアも厭わぬ100人もの技術者を動かし、東ロボプロジェクトを成功させたことだけでも十二分に証明されていますが、加えて国際的な賞も受賞されており、その優秀さは世界的にも高く評価されているようです。にもかかわらず、新井氏はなぜ人類史に画期をもたらしたAIの意義を積極的に読者に訴えようとはしないのでしょうか。新井氏はそれどころか、AIを必要としているのは、無料でサービスを提供していることから、膨大なデータ処理を安全かつ迅速に行う必要に迫られているグーグルやアマゾンなどのIT企業であり、これらの企業は例外的だという趣旨の指摘もなされています。要するに新井氏は、日本企業や日本人が、AIを使った新規事業を考案したり、AIの新技術を開発したいという意欲をそぐことに力を注いでいるかのような印象すら受けます。

 

なぜなのかを考えるために、似たような事例を取り上げることにします。量子コンピュータです。数年前、カナダの企業D-Wave Systemsが量子コンピュータを開発したことがIT専門WEBで報道されましたが、この技術は東工大の西森秀稔教授と門脇正史氏が考案したものだという。日本人が考案した技術ながら、カナダで商品化されました。しかし当時国内の反応は非常に冷淡なものでした。正式の名称は忘れましたが、情報学関連の機構の専門家は、量子コンピュータの実用化には30年はかかるとコメントしていました。市販されたものは真正の量子コンピュータにはあらずとでも考えていたようです。おそらく理論的に検証すると市販品は、エセだということだったのでしょう。しかしそれから数年後の昨年、東北大がこのカナダのD-Wave Systemsと提携し、実際に運用を始めました。つまりこの量子コンピュータは、有効にその機能を発揮しているということです。それどころかこの量子コンピュータは、Lockheed Martin社、Google社、NASA Ames研究所、Los Alamos研究所などが利用しているという。日本でも自社では所有しないものの、クラウド利用が広がっているという。

 

基礎的な研究は実用に適しているかどうかという近視眼的な視点とは無縁の場でなされるべきですが、純粋培養的な環境の中でのみなされている研究は、100年経っても実用化されることはないはずですし、その存在そのものすら世に知られることもないはずです。東ロボプロジェクトは国際的にも高く評価され、同様の試みがアメリカや中国でもはじまったという。新井氏によれば、このプロジェクトの結果明らかになったロボットの限界(文章読解能力・自然言語(人間の使う言葉)処理能力の限界)は、量子コンピュータを使っても突破できないという。しかし素人の素朴な疑問をいえば、いくらAIに対する情報処理技術が高度化しているとはいえ、AIに大学入試問題を解かせるのは、文章も読めない幼児に大学入試問題を解かせるような無謀な試みのように思われます。

 

人間の言語能力獲得のメカニズムは未解明だそうですので、未解明の部分まではAIに移植することは難しいとは思いますが、小学校以降は、テキストを使った体系的な言語習得訓練が始まります。われわれ人間は中学、高校の合計12年間の勉学を経て、やっと大学受験に挑みます。AIにもこのカリキュラムに従った体系的な言語習得をさせ、学年ごとに習熟程度を検証し、言語能力を徐々にかつ確実に高める方が、AIの限界突破には有効なのではないかと思われます。素人の思いつきにすぎないと一蹴されそうですが、本来はAI以上の無限かつ複雑な能力を持っているはずの人間も、文字の習得は「あいうえお」から始まります。

 

日本は、AI技術を扱う先進国や中進国の中では例外的に、IT・AIを専門に管轄する情報技術省などの役所が存在しない、珍珍国です。今やIT・AIは社会の隅I々にまで浸透し、われわれの生活空間のみならず、地上、海上、天空をも包囲していますが、人類史を画するこの新技術を管轄する役所がないということは、安全保障上、無防備きわまりません。これほど無防備な国は、日本以外には存在しないはずです。余りにも異常です。

 

沖縄駐留の米軍の軍用機が頻々と事故を起こしていますが、一部には操縦ミスなどもあるとは思われるものの、墜落や機能停止事故などの大半は、軍用機のコンピュータが攻撃を受けた結果発生したものではないかと素人推測しています。米軍を攻撃する動機と能力を持っているのは中国以外にはありませんが、日本中でAI無知が続く中、中国は軍用、商用、あらゆる面でAIの運用能力を高めています。日本はこのままAI無知をつづけていいのでしょうか。

 

最後に、文部官僚の汚職に関連して付記しておきます。官庁大改革で科学技術庁が解体された後は、行政的権限のない研究所や「××機構」が増加したはずですが、研究予算の選択的配分を歴代政権以上に強化した安倍政権では、これらの公的な研究機構や特定企業や特定大学に集中的に予算を配分しています。これが加計学園系列2校(獣医学は除外)への巨額予算の投入や、官僚の相次ぐ日大汚職事件やPEZY社汚職を生み出す源泉になっています。

 

これら文科省関連の汚職事件の続発は、小泉改革で導入され、安倍政権でさらに強化された、大学などへの文科省予算の選別的配分策が、日本の教育研究レベルの水準向上にはほとんど貢献せずに、実質的に選別権を持つ政治家や官僚の権限強化に多大なる貢献をしてきたことを改めて浮き彫りにしています。事実、研究予算の選別配分導入後、世界における日本の研究水準は向上するどころか、逆に低下の一途を辿っています。研究予算総額はほとんど変わっていないにもかかわらず、です。ここが最重要ポイントです。政治家や官僚による恣意的配分の結果であることは明白です。しかも26日、文部官僚の汚職発覚と同時にオウム死刑囚への死刑執行。6日と全く同じ光景が再現しました。

 

なお、2011年に始まった東ロボプロジェクトの予算は3000万円、100人もの技術者がボランティで参加。新井氏は本書『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の印税の全額を、基礎読解力調査を推進している一般社団法人「教育のための科学研究所」に寄付されるという。ちなみにこのプロジェクトが進行しつつある頃、民主党政権は九州大学に対して、韓国の大学との交流事業にのみ特化した予算4000万円を交付しています。日本にとってはプラスになることは皆無の予算の使い方です。

気象は操作できる

本題に入る前に、前回の補足をさせていただきます。前回の豪雨とオウムの公開後、オウム7人死刑執行の時期に関する疑惑について、新たな事実が判明しました。詳細は、古賀茂明「西日本豪雨でも酒宴 火事場泥棒の安倍政権が民主主義を破壊」に書かれていますが、新たな事実は2点あります。一つは、通常は死刑執行は、執行後に公表されるところ、今回のオウム死刑は事前に情報が報道機関にリークされたということ。この事実は専門家の指摘がなければ、我々一般人には思いも及びません。事前にリークされたということは、安倍政権、少なくとも安倍総理の関与なしにはありえない死刑執行であったということです。この点は、安倍総理を極力支援してきたわたしも認めざるをえません。二つ目は、文科省局長の汚職事件の裏には、加計学園に対する過剰なまでの優遇措置があったということです。具体的には、以下に古賀氏の文章を引用します。

 

それは、文科省前局長が東京医科大学に便宜供与した『私立大学研究ブランディング事業』の助成対象に、加計学園系列の千葉科学大学と岡山理科大学が選定され、しかも、募集要項に書いてある2千万~3千万円という金額よりもはるかに多い金額の補助金をもらっていたということだ。選定されたのはこの事業が始まった2016年度で東京医大は落選した年だ。198校中40校、約5倍という難関をパスしたのだ。実は、この事実は、17年12月に東京新聞が報じていたのだが、その時は、事業選定に疑いをかける根拠がなかったので、他紙は追随せず、ほとんど知られずに葬り去られてしまった

 

ところが一旦は葬り去られたこの事実が、佐野局長逮捕の翌5日に、野党が文科省をヒアリングする中で再浮上したという。加計学園の獣医学部新設に関しては、その正当性は十分に認められるものの、上記のプランディング事業に、加計学園系列校が2校も選ばれたことに関しては、安倍総理による政治の私物化だとの批判は免れがたい。モリカケ問題では、わたしは安倍総理をかなり強力に援護してきましたが、加計学園に対して、これほどまでに異常なまでの便宜供与をしていたとは、ただただ唖然としています。

 

古賀氏によると、この事実を隠蔽するためにオウム7人の死刑が執行されたという。しかし時間的には、この推理には少し無理がありそうな気もします。5日に野党がこの事実を把握したことを知った安倍総理が、どれほどの特例的措置を講じたとしても、所定の法的手続きを踏まずには死刑執行のできない法治国家日本において、翌6日にオウム7人の死刑執行が可能なのかどうか。おそらく捜査渦中で、局長逮捕の5日(野党が把握する5日)の前に、この事実が内々で明らかになっていたのではないか。

 

いずれにせよ、安倍総理の政治的判断によって、上川法相を使ってオウム7人の死刑が執行されたことは紛れもない事実だと思います。前回の豪雨とオウムでは、安倍総理の関与にはほとんど触れていませんでしたので、まずこの事実を明らかにしておきたいと思います。では豪雨と安倍総理の関係はどうなのか。前回ではこの点も曖昧でしたが、結論からいうと、豪雨は安倍総理にとっては想定外のことだっただろうと思います。

 

というのは、安倍総理は重要な任務を帯びたEUへの外遊が直前に控えていたからです。ベルギーのブリュッセルで開かれるEUとの経済連携協定(EPA)の署名式と、7月12日にパリで開催される日仏国交160周年を記念して開催される日本文化イベント、ジャポニズム2018の開会式への出席が予定されていました。いずれも日本の外交、経済双方に重大な影響を及ぼす外遊です。モリカケ騒動で支持率が落ちていた安倍総理にとっては、その華々しい外交舞台を背景に、支持率を一気に挽回する機会になったはず。安倍総理も何とかこのEU外交を予定通り実施したいと願っていたであろうことは、7月2日に、ジャポニズム2018:響きあう魂と題した出陣祝賀会まで開き、パリ訪問にかける熱い思いを披露していたことからも明らかです。首相官邸のHPに「出陣祝賀会」と表記していることからも、安倍総理の訪仏にかける並々ならぬ思いの強さが伝わってきます。超豪雨被害が拡大する中で、総理のEU外遊中止の決定が遅れたのは、その思いゆえであったのは明らかです。しかしどれほどの国益を背負ったものであれ、余りにも甚大な豪雨被害の前には、外遊中止は不可避でした。

 

という事情からすれば、西日本豪雨は、被災地にとってはもとより、安倍総理にとっても望みもしない大災害であったことは明らかです。言いかえると、西日本豪雨は西日本各地と中部地方の一部までをも破壊すると同時に、安倍総理のEU外遊を中止させる結果をももたらしました。この豪雨がなければ、安倍総理のEU訪問は行われ、ベルギーでのEPA協定の署名式は、EU現地ではもとより、日本でも華々しく報道され、EUと日本との連携強化が誰の目にも印象づけられたであろうことは明らかです。EPAの署名式は、EUのトゥスク大統領、ユンケル欧州委員長が来日し、17日に首相官邸で行われましたが、日本の総理大臣が現地を訪れて署名式を行う場合とでは、一般に与えるインパクトはかなり弱まります。EPAはその影響がプラス、マイナス両面あり、賛否両論ありますので、双方とも一般国民がこぞって万々歳とはいかない面がありますが、パリでの日本文化イベントは、日本人ならおそらく誰も反対しないでしょうし、誰もが成功を願うはずです。

 

もし豪雨がなければ、安倍総理が開会式に出席し、日仏双方で華々しく報道され、国内でもこの催事が広く知れ渡り、日本人自身が自国文化を見直すきっかけにもなったかもしれません。フランスまで行ってこのイベントに参加しようと思った日本人も大勢出てきたかもしれませんし、日仏交流が質量ともに拡大するきっかけになったはずですが、異常豪雨の襲来で、肝心の日本ではこのイベントそのものがほとんど知られていない状況にあります。NHKラジオでは、わたしが聞いた限りでは、このイベントは一度も紹介されていません。豪雨被害の惨状を前にすると報道自粛もやむをえないとは思うものの、だとするならば、このタイミングでの豪雨襲来は、果たして天然自然のものだったとのかとの疑問が、あらためて湧き上がってきます。

 

ここで驚くべきビデオ、気象を人工的に操作することを告発したドキュメンタリービデオをご紹介します。

WHY IN THE WORLD ARE THEY Spraying?

― 飛行機雲の謎「『ケムトレイルとジオエンジニアリング』の隠された意図に関する考察」

 

これは、アメリカをはじめ世界中で発生している異常気象が人工的に操作された結果であることを、アメリカの学者、専門家たちが、具体的に根拠を示しながら世界に向けて発した驚愕の警告映像です。ジオエンジニアリングとは地球工学と和訳されていますが、表向きは地球温暖化を阻止するために、地球規模で気象を操作することを研究する学問分野だということです。(温暖化対策の切り札? 気候を操作するジオエンジニアリング)

 

ケムトレイルとは、chemical trail(直訳的意味:化学的足跡)の略ですが、その原義どおり、通常の飛行機雲とは異なり、大気中に散布した特殊な化学物質が空中に残した、雲の帯のような航跡を指しますが、通常の飛行機雲とは異なり、この雲の帯はすぐには消えず、かなりの時間滞留し、やがて広く拡散して見えなくなります。この解説は、わたしが何度何度も目撃した、ケムトレイルの様子を基にしています。

 

しかしわたしは上記のビデオを見るまでは、ケムトレイルの恐怖の正体を知りませんでした。They Are Spraying―彼らが噴霧して、ケムトレイルとして世界中の空にまき散らしている物質は、アルミニウムやバリウムやストロンチウムなどの金属粒子だという。大気中に噴霧されるこれらの金属粒子(エアロゾル)は、大気温の操作や雲の生成を人工的に操作することを可能にする基本物質だという。そして「大気の水分を取り込む場所と、それを雨や雪として降らせる場所を制御する」ことまでをも可能にしているという。

 

They―彼らとは、人工的に気象を操作して生み出した異常気象によって、大地や農業などを破壊することで暴利をむさぼっている資本家たちです。このビデオにはこれら破壊主の名前、世界的に有名なアメリカのバイオ化学メーカであり、世界一の種苗会社モンサントや気象派生商品で大儲けをしている証券業者が登場しています。彼らは、異常気象で人命ともども大地が破壊されればされるほど大儲けができるという。

 

日本でも年中発生する異常気象により、農地は容赦なく破壊されていますが、福岡でも県内有数の穀倉地帯や農業地域が集中的に繰り返し繰り返し異常豪雨の襲来に遭っています。加えて日本では、漁業、観光地への被害も集中的に起きています。3.11の東日本大震災でも東北地方や北海道では、農業、漁業、工業、観光など、あらゆる産業で甚大な被害に見舞われましたが、3.11後にさらに頻発するようになった異常豪雨や異常豪雪や火山の噴火などの異常気象による被害は、3.11の地震以上の被害を日本全域にもたらしています。しかし日本では、これらの被害は全て地球温暖化が原因だとの単純きわまりない説明しかなされていません。

 

しかし昨今の異常気象は余りにも不可解すぎます。ごく最近の例でいうと、今年2月に韓国の平昌で五輪が開催されましたが、平昌は日本よりはるかに気温は低かったものの、競技を行うには十分な積雪が確保された上で快晴続きでした。一方日本では、昨今は毎年のことながら、観光どころか、生活することすら困難を強いられるほどの豪雪続き。その上、五輪開幕直前の1月23日には、国内外で温泉人気日本一の草津温泉を擁する本白根山が噴火し、冬の観光シーズン渦中に大打撃を受けています。

困惑の草津温泉、本白根山噴火で相次ぐキャンセル

 

さらに不可解なことには、同じ頃、日本人にも人気の台湾の景勝地が地震に見舞われています。今年の平昌五輪は、日本人選手の大活躍もあり、応援をかねた日本人観光客が大勢訪韓したのは当然だったとは思うものの、これらの異常気象勃発によりキャンセルを余儀なくされた日本人観光客が、訪韓数をさらに押し上げたであろうと推測することは十分に根拠のあることです。

 

これはほんの一例ですが、日本では、春夏秋冬、それぞれの季節の観光シーズンの到来を前にした頃、あるいは国内外からの観光客が大勢来日しそうな大イベントが間近に迫った頃、あるいはその渦中に、次々と異常気象に見舞われるという事例が頻々と発生しています。さらに不可解なのは日本国内だけではなく、日本人好みの海外の観光地、東南アジアや台湾などの近場の海外でも異常気象に見舞われ、日本人観光客が行き先変更を余儀なくされるという事態も頻発しています。アジアではありませんが、ハワイは「ハワイ」という雑誌まで発行されているほど、日本人にはダントツの人気観光地ですが、このハワイも、超異常な火山噴火に見舞われ、現在も炎と熱の噴出が続いています。西日本豪雨と同じ頃、中国でも、日本以上の超異常な豪雨に見舞われています。

 

アジア各地で異常気象が発生していますが、不思議なことには、少なくとも近年の韓国では異常気象は発生していません。異常気象どころか、台風すらここ5年以上もの間、韓国には来ていないという。前回も取り上げましたが、西日本豪雨直前の韓国は、寒冷渦にすっぽりと覆われて雨どころか、乾燥していたという。梅雨前線が朝鮮半島に停滞していても、韓国には豪雨どころか雨も降らないという気象上の特区扱いを受けていたわけです。しかも渇水にはならない程度には雨は降っています。これが天然自然で起こる現象なのでしょうか。

 

上記ビデオに登場するアメリカの専門家たちによると、気象改変技術を使うと、A地点でほんの少し手を加えるとB地点での気象を激変させることも可能だという。こうした気象改変技術は、米軍の年来の研究対象であり続けてきたそうですが、NASAも気象改変技術の特許をもっているとのことです。しかもアメリカでは、気象操作を請け負う民間企業まで存在するという。

 

日本の専門家、日本政府、防衛省はこうした事実を認識しているのでしょうか。日本にとっての真の脅威は、北朝鮮の核ミサイルではなく、攻撃者の特定が難しい気象改変装置を使った、超異常豪雨による国土と人命破壊ではありませんか。異常豪雨は地震以上にピンポイント攻撃が可能であり、大河川ではなく支流を狙えば、大津波以上の破壊力を発揮することも、ここ最近の豪雨が実例でもって証明しています。

 

また目下の福岡市では、異常な大気現象が続いています。西日本豪雨後、福岡市も連日34度から36度という高温が続いていますが、空中は灰色の幕のようなもので覆われ続けています。天気予報では快晴とされていますが、雨が一滴も降らないという意味では確かに快晴ですが、青空が全く見えません。雲も見えません。灰色の幕のようなモノは雲ではありません。空をじっと見ていると、一瞬もくもくとした形の白い雲が姿を見せたことがありましたが、すぐに灰色の幕に向こうに姿を隠し、見えなくなりました。夜もこの幕が空中を覆い、「快晴」なのに夜空は見えず、星も全くみえません。お月様だけはよく見えますが、月の光が、空気のかすみ具合まで照らし出しています。夜の気温も高温のまま。

 

近くに油山(597メートル)という山があるのですが、普段は山の緑や山中にある施設などもはっきり見えるのですが、灰色の膜に覆われている中では、この山もかなりかすんでいます。こんなことは初めてです。ただ今日のお昼頃から、徐々にこの灰色の膜がはがれていき、かすんでいるとはいえ、薄い青空と白い雲が姿を現し始めています。油山はまだかすんでいますが、この灰色の膜もやっと消えそうな気配です。(今日7/21は、灰色の膜は完全に消えて、青空と白い雲が広がっています。油山も緑鮮明に目に入ります。というのもつかの間。色々変化あり。7/24

 

念のため、PM2.5や黄砂の飛来を調べておりますが、この間、いずれも飛来はなし。豪雨後、空中を覆っていた灰色の膜は、ジオエンジニアリングによる化学物質散布によるものだと思われます。天然自然ではありえない現象です。

 

なおオウム幹部で、阪神・淡路大震災は人工地震であることをTVで明確に断言した村井秀夫は、その直後に殺害されましたが、その殺害犯は在日韓国人の徐裕行(ソ・ユヘン)だという。わたしは実行犯が在日韓国人であっっということを知ったのは最近のことです。これほどの重大事件の犯人の素性を知らなかったというのは、我ながら信じられませんが、主たる情報源である新聞(多分、朝日新聞)がほとんど報じていなかったからではないかと思います。

 

日本では当時も今も、韓国人や統一教会絡みの悪ニュースは極力読者の目には触れさせないという、超異常忖度が延々と続いています。しかも捜査機関にもこの忖度が及んでいます。そしておそらくは政治家たちにも。つまり日本は、アメリカのみならず、韓国や北朝鮮系の闇の勢力に支配されているということです。これらの勢力が、アメリカの悪徳勢力と結託し、何らかの方法で気象兵器を使って、日本を攻撃している可能性は非常に高い。アメリカの悪徳勢力の中には、IR企業も含まれているはずです。

 

なお、上記ビデオ(You Tube)の再生に際して、不可解な事態に遭遇し、少なからぬショックを受けています。というのは、Microsoftのブラウザで

日本語字幕付き版・多言語版(1時間12分)https://www.youtube.com/watch?v=mEfJO0-cTis

を再生したところ、「その動画は再生できません。」という字幕が出て、画面が真っ黒になります。

本編の英語版(1時間37分)https://www.youtube.com/watch?v=jf0khstYDLA

を再生すると、英語なので会話の内容は分かりませんが、映像はどうみても、気象操作の告発とは無縁の内容でした。日本語版はGoogle Chromeだと問題なく視聴できますが、英語版はこちらも画像から判断すると、気象操作告発ではない、別のビデオのように見えます。ただし今日確認したところ、MicrosoftoのEdgeでも、Google Chromeでも、どちらの版も異常なく視聴できました。異常が発生した場合は、Chromeで開いてください。

 

本ビデオに登場するアメリカの専門家たちは、このビデオを世界中に広めてほしいと訴えています。多言語版(1時間12分)https://www.youtube.com/watch?v=mEfJO0-cTis、英語版(1時間37分)https://www.youtube.com/watch?v=jf0khstYDLAを世界中に広めていただきたいと思います。

なお、日本語・多言語版と英語版のタイトルが少し異なっています。

多言語版:WHY IN THE WORLD ARE THEY Spraying?

英語版:What in the World Are They Spraying?

 

豪雨とオウム

*本日、デザイン(テーマ=テンプレート)を変更いたしました。これほど高機能なレイアウトに拠るブログ、ホームページは、無限に広いWEB上にも他に例はないのではないでしょうか。すばしい!!!の一言です。しかも無料!!! 作者とWordPressに感謝を込めて、一言ご報告いたします。(7/15)*

前回ブログを更新した7月6日金曜日に、オウム真理教の麻原彰晃と幹部6人の死刑が執行されましたが、このニュースには心底驚愕いたしました。ちょうど一週間前の金曜日に、虐待死と疑似テロリズムを公開しましたが、イスラム原理主義者も真っ青になりそうな、オウム真理教による真正のテロリズム、大量虐殺テロが突如せり出し、わたしが提起した「疑似テロリズム」問題を一気に蹴散らす事態が出現したからです。しかも、気象庁が「これまで経験したことのない」と切迫感をもって訴えていた、超異常豪雨が西日本一帯を襲いつづけました。しかしオウム7人の死刑執行ニュースは、超豪雨報道を蹴散らす結果になってしまいました。

わたしは、WordPressの特異性を公開したものの、この異常な事態を眼前にして、こんな暢気な記事を公開していていいのだろうかとしばらく悩んでいましたが、WordPressに変更したことで生じている、ページ表示の不具合などについての説明なしにブログを更新することはできませんので、「豪雨とオウム」については次回、つまり今回、取り上げることにした次第です。

「豪雨とオウム」の異常性は、豪雨、オウムそれぞれが内包する異常性と、この両者が同時期に日本列島及び日本社会を急襲したことはとても偶然だとは思えず、何かの企みによるものではないかとの疑惑を惹起させる点にあります。教祖の麻原彰晃のみならず、幹部6人を含めた7人に対して、一気に死刑を執行したのは余りにも異例。死刑執行を受け、コメントを公開した麻原彰晃の四女も、この点に関して以下のような疑問を呈しています。(代理人弁護士である滝本太郎氏のブログに公開されていた、四女の麻原聡香氏のコメントをHUFF POSTが紹介したもの。なお四女は、教団と決別するとともに、両親とも絶縁。)

「執行はされるべきものでしたが、ただひとつとても残念に思うのはかつての弟子であった元幹部まで6人も執行されたことです。宗教的な理由においても、責任の重さにおいても、今日の執行は教祖一人でないといけなかったと思います。洗脳されて事件に関与してしまった元幹部の執行の是非はもっと議論され熟慮のうえでないと社会に課題を残してしまうのではないかと心配です。」

オウム事件を取材し続けてきた江川紹子氏も、オウム裁判の実態をも踏まえつつ、7人に対して一気に死刑執行したことへの疑問を提示しています。オウム事件死刑執行、その正当性と今後の課題を考える

オウム事件の被害者やその遺族の方々にとっては、死刑が確定したもののその執行が無限延期状態にあることにはむしろ納得できず、一日も早い死刑執行を望んでおられたかと思われますが、なぜこの日に、一気に7人もの死刑が執行されたのか、この疑問は消しがたく残ります。時期については、天皇の退位時期を踏まえたものだとの指摘には誰もが納得せざるをえないようですが、気象庁が、「これまで経験したことのない」超異常豪雨の襲来を訴えている緊急事態下で、なぜ一気に7人もの死刑が執行されたのか。この疑問はさらに強くなるばかりです。

ここで思い出されるのが、世界を震撼させた、オウムの地下鉄サリン事件が発生した時期についてです。この事件は1995年3月20日に発生しました。同年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から約2ヵ月後のことでした。この地震は専門家の誰もが想定していなかった場所で発生しただけではなく、その規模と被害の大きさもからも、様々な議論を惹起させずにはいなかった地震でした。当時は、専門家の間からも人工地震を疑う声が出始めていましたが、そうした疑惑を押し潰すかのようなタイミングでサリン事件が発生し、日本中の関心が恐怖を抱きつつ、一気にサリン事件とオウム真理教へと向かい、阪神・淡路大震災は一気に後景に退いてしまいました。

今回の7人の死刑は、超異常豪雨の初動対応を送らせるタイミングで執行されたのは紛れもない事実ですが、それを意図して死刑執行が決定され、執行されたのかどうかまでは、今ここで即断することはできません。ただ明らかなことは、オウムをめぐる事件には余りにも謎が多すぎることです。しかもこれらの謎を解明することを妨害するような動きが、警察も含めた公的な機関にまで及んでいるのではないかとの疑惑すら抱かせられる状況がつづいています。

麻原彰晃の控訴審は、弁護側が期限内に控訴趣意書を提出しなかったことを理由に控訴が棄却され、一審で裁判が終結するという異常な幕切れになったことも、事件の真相を隠蔽する結果になっています。これほどの前代未聞の重大犯罪の裁判が控訴審なしで、一審の裁判だけで結審するということ自体、超異常な成り行きです。弁護側ないしは裁判所が、それぞれのやり方で事件の真相を隠蔽しようとした結果ではないかとさえ思います。それ以外に、この超異常な裁判の結末の理由はありうるでしょうか。日本の司法制度そのものへの、恐ろしい疑惑を抱かせる事態です。

今回死刑になった6人の幹部の中でも、中川死刑囚は控訴申請中であったそうですし、井上死刑囚も初めて控訴を請求していたという。その渦中での突然の死刑執行です。死刑後、6人のうちの何人かの、支援者等と交わした手紙の一部が新聞で紹介されていましたが、死後に明らかにされても、それ以上のことを彼らから聞くことはできないわけです。彼らの死刑が先延ばしされていたならば、あるいは控訴審が開かれていたならば、裁判を通して事件の真相、あるいはオウム教団の実態が明らかにされていたはずですが、今回の唐突な前代未聞の大量死刑執行により、その可能性はほぼ消滅させられました。

弁護士でもあるらしい上川法相は、こうしたオウム裁判をめぐる不可解な疑惑を知らないはずはないはずですが、上川法相も当然のことながら、真相隠蔽に荷担して死刑執行に署名したのでしょう。

しかしさらに問題なのは、なぜこの日だったのか、ということです。死刑前日にはすでに、広島や岡山を中心にした西日本一帯が、史上例のない超異常豪雨に襲われ、家がなぎ倒され、至るの川が決壊し、大地が抉り取られるという大災害被害が発生していました。オウム死刑囚の初の死刑執行、しかも一挙7人もの死刑です。死刑を執行すれば、災害被害から人々の目をそらせ、救助活動にも何らかの悪影響を与えることになるであろうことは、十分に予想されたはずです。しかしあえて死刑は執行され、災害から日本中の目をそらし、人命救助への初動対応にも遅れを生じさせました。これが偶然の一致だといえるのでしょうか。

このオウム7人の死刑は、その直前に発覚した、東京医大に息子を裏口入学させる見返りに便宜を図ったという、文科省局長による前代未聞の汚職事件をも一気に隠蔽する効果も発揮しています。日本の恥という以外に表現のしようのない、こんな質の悪すぎる官僚を生み出したのは、官邸主導の人事制度の産物であるのは明らかです。わたしは文科大臣の責任よりも、官邸そのものの責任が問われるべき事態だと思っていましたが、オウム7人の死刑執行大事件の勃発により、一気に官僚汚職事件は国民の前からは消されてしまいました。ただ官僚が絡む東京医大の裏口入学汚職は、今回が初めてではなく、何年も前から続いていたことが今朝の読売新聞に出ていましたので、今回の汚職事件だけを隠蔽することは余り意味はなさそうです。となると、7人の死刑は超異常豪雨との絡みだということになりますが、ここで再び地下鉄サリン事件発生当時に戻ります。

麻原彰晃の最側近でオウムの科学技術省のトップでもあった村井秀夫が、1995年4月23日に殺害されるという事件が発生しました。村井は殺害される直前に故筑紫哲也氏の報道番組に出演していました。わたしは当時この番組は見ていませんでしたが、WEBに残されていた番組録画、村井国夫、筑紫哲也のTVに出演(リンク先の下方に録画あり。)を見て驚愕しております。

この番組の中で村井は、筑紫氏の質問に答える形で、阪神・淡路大震災は人工地震であるとはっきりと明言していたからです。筑紫氏が全く臆することなく、気象兵器や人工地震を堂々と話題にしていたことにはただただ驚くばかりです。今現在の日本では、公の場で気象兵器や人工地震を話題にする人はほぼ皆無です。名もなき人々がネットで話題にする以外、目にする機会はありません。

当然のことながら、今回の西日本豪雨も含めて、近年日本で頻発する超異常豪雨や地震が人工的なものだと指摘する声は、どこからも聞こえてきません。しかし今期の豪雨だけを見ても、とても自然では起こりえない不可解さに満ちています。

7月初め、西日本豪雨の直前、朝鮮半島付近に梅雨前線が停滞しているとの天気予報がNHKラジオで繰り返し放送されていました。わたしはてっきり、韓国も大雨なのだろうと思い、被害はどの程度なのかWebで検索したところ、韓国は雨どころか乾燥した大気に覆われているとの日本の天気解説を目にし、ビックリ仰天しました。同じ頃、対馬は50年に一度という豪雨に襲われています。50年に一度というのは気象庁が使う一種のレトリックのようなもので、実際には史上初とほぼ同義だと解釈しても間違いはないはずです。しかし対馬と至近距離にある韓国は雨どころか、乾燥していたわけです。

余りにも不可解なので、ここ数ヶ月の韓国の天気を調べたところ、ソウルの6月の天気 ソウルの7月の天気 釜山の6月の天気釜山の7月の天気 (これらの天気観測は、アメリカのAcc Weatherという天気情報会社の観測によるものです。)をご覧になれば分かるように、韓国では月に一回、70ミリから80ミリ前後の雨が降るのが最多雨量になっています。朝鮮半島に梅雨前線が停滞しても韓国には豪雨どころか、雨もほとんど降らず、朝鮮半島に停滞して溜め込んだ雨は全て日本列島にぶち込まれているわけです。

今回の西日本豪雨では、九州各県は635ミリから少ないところでも350ミリ、西日本各地は、500ミリ前後、岐阜県では1161ミリを記録しています。九州では、昨年の九州北部豪雨の最大被害地である筑後地方が、再び635.5ミリの豪雨に襲われています。これらの不可解きわまりない異常豪雨は、地球温暖化によるものだとの単純な説明で許されるのでしょうか。

オウム7人の死刑執行は、西日本豪雨対策の初動に悪影響を与えた後は、豪雨被害の余りの甚大さゆえ、逆にオウム被害を隠蔽する効果をもたらしています。豪雨襲来の日を狙った日時の設定は、この後半の隠蔽効果を狙ったものであったのではないか。オウム事件の不可解さを知るにつけ、こちらの疑惑がより膨張し始めています。

 

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WordPressの特異性

7月1日にサイト変更のお知らせをいたしましたように、これまで自前で作っていたサイトから、その筋では非常に有名なWordPressという、オープンソースソフトウエアを使ったサイトに変更いたしました。オープンソースですので無料ですが、このソフトは、世界中の技術者がボランティアで参加して機能向上に協力しているとのことで、無料とは思えない非常に高度な機能を備えたソフトウエアです。世界中の技術者がボランティアで参加して開発や機能向上に協力している、オープンソースのソフトウエアとしては、パソコンを動かす基本ソフト、OSのLinuxがその先駆者として有名ですが、WordPressはそのサイト作成ソフト版に当たります。

しかし高機能であるということは、機能が単純ではなく複雑だという側面ももっています。複雑だということは、機能が細分化されているということです。サイトやブログ作成に必要な機能が過剰なほど標準装備されていますが、さらに加えて、新たな機能、部品を簡単に追加できるプラグインという強力な機能も装備されています。標準装備段階で「過剰」だと感じるのは、それらの機能が全て明示化されているからだというのが最初の印象でしたが、それだけではなさそうです。

パソコンソフトで最も馴染みのあるのは、文字を入力するwordだと思います。wordだとパソコンを使う人なら誰でも使えますので、word仕様と似たソフトならば、word以外の、全く別の目的で作られた様々なソフトでも、さほど苦労もなく使うことはできますし、少なくとも使い方の概略を理解することはさほど難しくはありません。PCには必需品のメールソフトはもとより、描画ソフトでも会計ソフトでも、はたまたFFFTPという一般には余りに馴染みのないファイル転送ソフトでも、仕様の基本はwordに似ていますので、使うことにはさほどの抵抗はありません。ホームページビルダーのような、サイト作成ソフトでも同様です。

ところがWordPressは、これらのソフト類とは全く異なった仕様になっています。今年の1月頃にも一度WordPressにチャレンジしましたが、他のどんなソフト類とも全く似ていない、全く異質なその仕組みが理解できないまま自己流でサイトを作ったものの、基本構造が理解できていなかったせいか、続ける意欲が湧かず、撤退。従来型のソフト、ホームページビルダーを買って、サイトのリニューアルをしました。そして今回は約半年後の再チャレンジでしたが、その基本構造が分かってくると、混乱の渦巻き状態であった頭の中も徐々に鎮まってきました。

混乱が収まったところで、他のソフト類とWordPressとは何が決定的に違っているのか、気になり始めました。「葦の葉ブログ」を書くには余り関係のない問題だとは思うものの、混乱の元凶であるWordPressの特異さの正体は何か、何が他のソフト類と決定的に違っているのか、この素朴な疑問が芽生えてきたのです。WordPressの使い方を解説したサイトは、WEB上には非常にたくさん公開されており、わたしもそれらの解説も多々参考にさせていただきましたが、わたしのこの素朴な疑問に対する解答のようなものは目にしたことはありません。そもそも、わたしが抱いているこんな素朴な疑問など、WordPressをめぐる空間には存在していないようです。

そこで素人の自己流で出した最初の解答は、他のソフト類はほぼ全てwordに準拠した、「ファイル 編集 表示 挿入 書式 表 サイト」など、定型化された項目から操作できるようになっていますが、WordPressではword型では見たこともない項目名ばかりがズラリ、ここが最初の、最大の躓きの原因となるところだということです。word型でも各項目の中にはたくさんの機能が含まれていますが、明示的に表示されているのは、定型化された基本項目だけですので、ほぼ誰もが各項目に含まれている基本機能を理解することができます。しかしWordPressでは、ソフトを開いた段階では、これらお馴染みの項目は皆無です。仕組みの概略が理解できるようになった現在では、WordPressではまず、サイトの基本構造を示す項目が表示されており、それが馴染みのなさの一番の理由であることが分かります。

WordPressでは、word的機能はブログ投稿や固定ページを書く段階になって初めて出てきますが、WordPressの基本的な仕組みは、サイトを構成する基本構造を示した上で、各パートごとにサイトを構成するページ作成へと誘導するものになっています。実際にサイトを作成する際には「カスタマイズ」という機能を使うのですが、ここでも項目として表示されているのは、サイトを構成する各パートを示すものばかりです。word型しか知らなかった素人には、ここが躓きの第二の関門でした。

こうした躓きを経験した結果、wordo型とWordPressの最大の違いは、入り口での標識表示の仕方の違いにあることに気づかされました。wordo型の項目表示では、「ファイル」や「編集」や「書式」などの、作業機能が即表示されているのに対し、WordPressでは、まずサイトを構成している基本構造が各パートごとに表示されており、この違いが全く分からない段階では、素人はただただ戸惑うばかり。仕組みの概略が分かってくると、WordPressとは、WordPressのデフォルト構造をベースに、様々に機能を拡張していく成長性に富んだ枠組みとして提供されたもので、基本構造がまず前面に表示されているのも、そのことと関係しているらしいという理解に至りました。全くの素人流の理解ですが、拡張性=成長性に富む構造をもつWordPressとは、いわば永遠の未完成系ソフトだといえそうです。

ここ数日のWordPress体験で以上のような感想を持ったのですが、概略を理解した段階から、実際にWordPressを自由自在に使いこなせるまでにはまだかなり時間がかかりそうです。とはいえ、WordPressに変えてから、「404エラー」が激減し、アクセス数も倍以上に増えました。WordPressでは「404エラー」が出ると、自動的に誘導表示が出る仕組みになっていますので、これもエラー激減の理由の一つだと思います。他にも理由があるのかもしれませんが、WordPressに変えた途端のエラーの激減。ただただ驚いています。

しかしWordPressに変えたことで、古いページへのリンクに、一部障害が出ています。古いページはHTMLというプログラミングの一種を使って記述されているのですが、WordPressはHTMLの中で使われるphpという言語を使用しています。phpという言語の指示が正しく実行される(ページが正しく表示される)ためには、ファイル名にphpであることを示すための名付け(拡張子の付与)が必要となりますが、古いページでは、例えばトップページへのリンクは「index.html」、あるいは「ashi-jp.com/index.html」などと記述されていますので、現在のWordPressのトップページは表示されず、見つかりませんという「404エラー」になります。

WordPress以外の古いページは、ファイルのグループが別ですので、HTMLでも表示されますが、ファイル名の齟齬による「404エラー」障害が他にも出ていそうです。旧葦の葉ブログまでは、正しく表示されるように調整したましたが、それ以外の膨大な量の旧HPについては、ごく一部を除いては確認できずにおります。古い古いHPまで、あらためて公開する必要があるのかとの根本的な疑問もありますので、当分はそのままにしておきます。

また、今回は「404エラー」確認のために、アドレスバーのアドレス表示を注視していたこともあり、見たこともないアドレスで表示されたページも発見しました。「ashi-jp.com/%20ashishobo」というアドレスです。「ashi-jp.com」は本サイトの基本アドレスで、トップページが表示されますが、「/」の後のアドレスはトップページの子ページに当たるものです。「%20ashishobo」というアドレス(=ファイル名)は、この時初めて目にしたもので、作った覚えはありません。そもそも「ashishobo」という名前をつけたファイル(=アドレス)は、少なくとも「葦の葉ブログ」を発行し始めてからは一度もありません。ひょっとして誰かがサーバーに侵入して勝手にこの名前のファイルを入れたのかとも思い、サーバを調べましたが、サーバ内にはありませんでした。フィッシング詐欺で使われるのと同じ手口でニセページがかぶせられたのかもしれませんが、これまでも同様のことがあったのかどうか、これまではアドレスバーを眺めたことはありませんでしたので不明です。ただ内容は改竄されておらず、全く同じ内容のニセページでした。

以上、再度のHPリニューアルについて報告させていただきます。

 

 

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虐待死と疑似テロリズム

(WordPressでの公開と、本ブログの公開日とが違っておりますので、旧葦の葉ブログにて公開済みの、日付入りの元のブログをそのままコピーしたものを転載しました。)

2018/6/29
虐待死と疑似テロリズム
久本福子


月曜日、18日の国会中継を聞いていたところ、複数議員から子供の虐待死問題が取り上げられていました。目黒区で発生した5歳女児の虐待死事件を受けたものでしたが、児童相談所の体制強化など、虐待の早期発見により、虐待や虐待死を防ごうという現実的な対応策が提言されていました。しかし、近年になってなぜ突如として、子供の虐待死が頻々と起こるようになったのか、この根本的な問題にまでは誰も立ち入ろうとはしていません。というよりも政治家は誰も、子供の虐待死という、近年急激に始まった異変をそれとして認識していないようです。

政治家たちは、まるで子供の虐待死は昔からあったとでも考えているかのようですが、昔は生活苦から子供を道連れに親子心中をすることはあっても、虐待そのものを目的にした虐待や虐待死はほぼ皆無です。親が、あるいは保護者の立場にある大人が、子供に対して虐待のための虐待を加えるという惨劇の頻発は、そう昔のことではなく、ここ最近のことです。しかも特殊例外的な事件ではなく、頻発しているわけですから、虐待する親の生育歴などの個人的な事情にのみ原因を求めることはできないはずです。そして最近急激に頻発し始めた、親や親的立場にある大人が子供を虐待死させるというこの痛ましい異変は、おそらく世界中を見ても日本以外には発生していないはずです。

近年急激に頻発し始めたこの惨劇を冷静に客観視するならば、これらの異変は日本社会の構造的な変化に起因するものだとの推測は容易に成り立つはずです。幼い子供を虐待する、義理の親や未入籍の親も含めた親の年齢は20代から30代ぐらいです。彼らを育てた親の年齢は40代から50代ぐらいになるはずですが、この親たちは就職氷河期とも重なり、派遣などの非正規労働の割合が激増した時期に社会に出ていますし、それまで正社員として働いていた人の中からも失職し、派遣などに従事せざるをえない人々も多数生まれています。

2000年代初頭、社会的セーフティーネットも整備されぬまま規制が全面撤廃され、派遣などの非正規雇用が一気に拡大したのは、ヨーロッパなどとは異なる、日本的な棄民政策であったと見なしても間違いではないはずです。不安定な非正規雇用では結婚できないケースが大半だと思われますが、たとえ結婚して子供が生まれても、健康的な養育環境の確保などほとんど不可能でしょう。非正規労働者は職場の人間関係からも排除され、不要になればクビになる宿命を負った、単なる労働力というモノとして扱われる、ごくごく単純な意味で疎外された存在です。彼らは、人間としての最低の尊厳はもとより、生きる意欲すら持てない環境に置かれています。

加えて非正規労働者と正社員との賃金格差は非常に大きい。この賃金格差は、時給を上げれば縮められる質のものではなく、非正規労働者に課せられている宿命みたいなものだともいえます。というのは、非正規労働者の賃金は、すべからく時給で計算されます。当然のことながら、休日が入ると収入はゼロになります。年末年始や長期の休日がつづくと収入は半減しますし、ボーナスもありません。しかし時給計算は非正規労働者の絶対条件であるわけですので、労働者の全員が正社員になるという奇跡でも起こらないかぎり、非正規労働者がこの過酷な宿命から脱出することは不可能です。

安倍政権はもとより与野党ともに、時給を上げれば非正規労働者の待遇は少しは改善されるはずだと考えているようですが、時給を宿命づけられている非正規労働者にとっては、上がらないよりも上がる方がいいとはいえ、仕事のない休日は無収入となりますので、多少時給が上がってもほとんど収入増には繋がらないのが現実です。休日が書き入れ時に当たるサービス業は長期休日は入らないかもしれませんが、サービス業は総じて賃金が低いので、暦どおりに休日の入る一般企業の労働者とそう大きな違いはないはずです。

以上のような過酷な環境に置かれている非正規労働者が労働者の4割を占めるほどに激増した結果、結婚できない若者が激増しただけではなく、結婚して子供が生まれても、物心両面において、責任をもって子供を育てる親としての最低の能力や責任感はもとより、養育の意思すら持てない親が出現しても不思議ではありません。

加えて非常に不可解なのは、近年激増している親による子供の虐待死の大半は、未入籍分も含む義理の父親による犯行だということです。虐待死までには至らないものの、継子いじめは昔からありました。継子いじめは、西洋でもシンデレラ姫に象徴されるように、おそらく血縁によって家族形態や権力構造が確立した世界に見られる、ある種普遍的な家族関係の軋轢を代表するものだったと思いますが、そのほとんどは女親によるものです。動物の世界は別にして、人間の世界で男親が継子をいじめるという話やニュースは、最近一気に出現した日本にのみ固有の異変ではないかと思われます。ここにも、最近頻発する子供の虐待死の原因を解明するカギが潜んでいるはずです。

まず注目すべきは、犯行に及ぶ男親の大半が無職か派遣などの非正規労働者であり、安定した正社員のケースは極めてまれであることです。一般的に言って、家庭内における夫の力の最大の源泉は、夫の収入によって少なくとも生活の基本が支えられているということ、支えるに足る収入を彼が得ていることにあります。しかし無職はもとより、非正規の不安定な収入では、家庭内における夫の立場は不安定にならざるをえません。この不安の最も安易な解消法は、暴力によって家庭内に君臨することですが、この中に前夫の子供がいれば、全夫の影が彼の不安をさらに倍加させますので、その継子に攻撃が集中することになるであろうことは容易に想像できます。

なぜ最近、子供の虐待死が急増するに至ったのか、しかもなぜ犯行のほとんどが男親によってなされたものなのか。その理由は以上のように非常に明瞭です。セイフティネットの準備もなされぬまま、非正規労働の規制が一気に全面撤廃された結果、短期のうちに、非正規労働者の割合が労働者の4割を占めるに至ったことが、子供の虐待死の背景にあることは誰も否定はできないはずです。この非正規労働の全面撤廃も、現在の高プロ法案同様、自由な働き方の選択肢を提供するという触れ込みで導入されましたが、実に無惨な結果をもたらしています。

また、家庭は持たなかったものの、同様の環境に置かれている若者たちのケースでは、別の形での残忍な暴力事件が多発しています。彼らの境遇が全て、政策的に生み出されたものだとは言えないものの、多くの若者たちを不安定な生活環境に放り出したまま、有効な対策もなされずに放置してきた結果の産物であることは言うまでもありません。イスラム原理主義によるテロの実行犯たちを残忍なテロに走らせる背景には、貧困や差別や疎外などがあると指摘されていますが、最近日本で突如として顕在化しはじめた凶暴化、非人間化する若者たちも、その程度には違いはあるとはいえ、基本においては、イスラム原理主義のテロリストたちと似た心的状況に置かれていると言っても言い過ぎではないと思います。

日本社会に、平時においては日本史上、いかなる時代においてもあり得ぬほどの凶暴化、非人間化をもたらした最大の責任者は、若者の生活環境の不安定化は、自由主義社会の当然の姿でもあるかのような対応をしてきた、安倍政権を含む歴代政権にあることは言うまでもありませんが、それを許してきた野党にも責任はあるはずです。

日本は欧米とは異なり、政府自らが新興国や韓国や中国などの中進国との価格競争に明け暮れるという異様な政策を採った結果、若者の半分近くが文字通りの使い捨てに近い、非正規労働による低賃金化=貧困化を余儀なくされてきたわけです。しかし中国は今や、IT・AIなしにはこの世は一切成り立たないという今現在に至り、その最先端分野では日本を追い抜き、アメリカさえも追い抜こうとしています。この事実は日本のマスコミではほとんど報道されませんので、先進国の経済政策としてはありえぬ、日本政府自らが採用してきた日本人労働者の低賃金化=貧困化策が、日本社会の凶暴化、非人間化をもたらしただけではなく、日本社会と日本経済の基盤そのものの弱体化をも招いたという事実をも覆い隠してきました。

アメリカのトランプ大統領はこの中国に対して、非常に厳しい経済制裁を課し、中国経済を破壊しかねないほどの攻撃を加えていますが、トランプ流の短絡的な攻撃手法では、アメリカ自身も深い手負いの傷に苦しむはずです。こうした大テーマにも注目する必要はありますが、日本にとっての喫緊の課題は、日本では、イスラム原理主義などの宗教的洗脳なしに、むしろ非宗教的環境下で、疑似テロリズムともいうべき無差別殺傷事件が多発していることです。

その被害の規模においてはアメリカで多発する銃乱射事件や、EUや中東で多発するイスラム原理主義によるテロほどではないものの、その頻度においては、イスラム原理主義による無差別テロに勝るとも劣らない水準で、これらの残忍な凶行が発生しています。内に向けられた凶行ともいうべき親による子供の虐待死も、その背景にあるものは、無差別殺傷事件と同根に発していることは、すでに繰り返し指摘したとおりです。われわれはまず、この事実を直視する必要があるはずです。

 

 

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サイトを変更!

またもやサイトのデザインを大幅に変更しました。これまでも、素人流自作サイトのデザインであれこれ工夫をしてきましたが、単に見た目の印象にこだわるだけは、サイト運営は難しいということに今さらながらに気づかされ、サイトの大幅チェンジをすることにしました。

最大の問題は、「葦の葉ブログ」へのアクセスログの解析結果によると、正常にアクセスいただいた数の1.5倍から時には2倍、あるいはそれ以上のアクセス不能エラー(サイトが存在しないという「404エラー」と呼ばれるもの)が出ていることです。この原因究明は素人には全く不可能ですのでそのままにしていたのですが、一時その差が縮み始めていたアクセスOKと不能の差が、再び拡大し始じめました。

そこであれこれ思案の末に、WordPressを使って、サイトの大幅変更に踏み切ることにした次第です。これで事態が改善されるかどうかは分かりませんが、いろいろ便利な部品が揃っているWordPressそのものへの興味もありますので、当分の間は、この新しいブログ作成ツールへの挑戦をつづけたいと思っています。

WordPress以前のブログにつきましては、旧葦の葉ブログにてご覧いただけます。葦の葉ブログ以外のページにつきましては、どいう形で公開すべきかどうか、目下思案中です。

2018年7月1日 久本福子

本日公開しましたWordPressの特異性にも書きましたように、リンクに一部障害が出ているかもしれませんが、古いページにつきましては、旧HP・葦の葉通信としてリンクを貼ってご案内させていただきます。(7月6日)