真の原因は何か

既刊本広告本題に入る前に、前号記事に若干補足いたします。前号韓国人へ。事実を見よ!を一人でも多くの方にご覧いただきたく、更新を遅らせました。当初は、事実を直視しようとしない韓国の方々に事実を知っていただきたく、タイトルに直接呼びかける「韓国人へ。」という言葉を入れましたが、よくよく考えると、まず日本人自身が韓国の主張には全く根拠がないという事実を知る必要があることに思い至りました。韓国からの、捏造による不当な言いがかりを排斥するには、それが最良の方法だからです。

 

しかし日本では立憲民主党代表の枝野幸男氏のように、弁護士出身の法律の専門家である政治家ですら、この事実を全く認識しておらず、韓国側の言いがかりに理解を示す発言をする人々も珍しくはありません。それどころか、一見右翼っぽい橋下徹氏ですら、いかにも弁護士らしい、何やら小難しい理屈を並べて韓国側の主張にも根拠ゼロではない、根拠ありとするような見解をWEBに発表していました。

 

しかし日韓基本条約に付帯して締結された日韓請求権並びに経済協力協定の条文(前号韓国人へ。事実を見よ!では、引用した条文を、日韓基本条約と紹介していましたが、この条約に付帯して締結された日韓請求権並びに経済協力協定と書くべきでした。)はどこをどう読んでも、いかなる事情、いかなる状況下にあったにせよ、戦前に発生した事案に対しては、日韓双方とも、国も国民(法人を含む)もあらゆる請求権に関する問題は、この条約によって、「完全かつ最終的に解決された」ことは明々白々です。当然、この請求権に関する問題には、慰安婦問題も徴用工問題も含まれています。国民には個人も含まれていることも明白です。「国民(法人を含む)」と明記されていますが、法人の対概念は個人であることは万国共通です。

 

我々はついつい韓国側の土俵に乗ってしまい、強制か否か、売春婦であったか否かなどと、エンドレスな論議に引きずり込まれてしまいがちですが、日韓請求権条約を読めば、こういう条件論議も全く無用であることが明々白々となります。枝野氏や橋下氏の発言を見ると、法律の専門家ですら請求権の条文をちゃんと読んでいないらしいことを知り、いささかショックを受けています。我々素人が、条約を完全に無視した韓国側論理に巻き込まれるのも無理からぬことでした。日本国民は全員、日韓請求権協定(前号韓国人へ。事実を見よ!に掲載)を読みましょう!

 

なお、今回外務省のHPを探してみましたが、日韓基本条約や請求権協定に関する条文そのものは公開されていないらしい。それどころか、日韓の仲良しイベントの紹介がすぐ出てきました。河野外務大臣は原理原則を明確に国内外に発信していますが、外務省そのものは、日本の国益を守る意思がないのではないかとさえ思えてきます。

 

なお、前号韓国人へ。事実を見よ!では、日本が韓国に支払った経済協力資金(賠償金額)を記載した第一条は省略しましたが、第一条に記載されている金額は、当時の日本の国家予算の10%に相当する額だという。現在の日本の国家予算に換算すると10兆円に相当するという。この金額に関しては、当時の韓国の国家予算の5年分に相当するなどという、韓国を基準にした解説が一般的ですが、日本を基準にすると、日本が韓国に支払った額がいかに巨額なものであったかが分かります。この指摘は、お名前は記録しておりませず申し訳ございませんが、WEBの記事に出ていたものです。

 

しかし先日、韓国の弁護団が賠償金を支払えと、恥ずかしげもなく新日鉄住金本社を訪れました。これは、韓国の法律家は全員、法律の条文を読む能力が完全に欠如していることを、彼ら自らが改めて行動で示したことにほかなりません。しかもこんな国から、日本の大学に大勢教授として送り込まれています。こちらも日本にとっては深刻かつ重大な問題です。韓国人の文章を読む能力の欠如は、法律関係のみならず、あらゆる分野に共通する特性です。これは韓国人特有の非常に偏狭な、事実が何であれ、彼らの思い込みが全てに優先するというご都合主義的な思考に由来しています。この思考法が日本にも広く浸透しつつあることに、我々日本国民はもっと危機感を持つべきでしょう。

 

以上、長くなりましたが、前号韓国人へ。事実を見よ!への補足記事です。本号の主題は、更新を延期している間に発生した様々な問題について、それらの問題の真相は何か、問題の真の原因は何かについて考えることといたします。大問題になっている労働者不足=移民、消費増税をはじめ、相撲などなど、いくつかまとめて取り上げることにいたします。

 

ビルマ敗走録まずは移民問題。安倍政権は、来年4月からの外国人労働者の受け入れ枠の拡大を目指して、急ごしらえの法案作りに大わらわで、拙速だとの野党の批判ももっともだと思わざるをえないほどの事態です。なぜ安倍政権はこれほど拙速、杜撰に外国人労働者の受け入れを急ぐのか不可解至極でしたが、早急に外国人労働者の受け入れを増やして、現下の労働者不足を解決しなければ、来年の参院選には負けるという危機感があるからだという。労働者不足はそれほどまでに深刻だということですが、政府が発表した試算では不足業種の筆頭は介護、次いで建設業、情報技術(IT)業界、その他合わせて14業種もあるという。

 

介護の労働力不足は高齢者の増加によるものですが、欧米では介護需要はさほど増えていない、つまりは介護を必要とする高齢者は日本ほどには急増していないという。日本は世界一の長寿国ですが、EU諸国も、日本との差は1歳ぐらいでいずれも長寿国揃い。にもかかわらず、EUでは認知症の発生率は日本よりはかなり低く、いずれも日本のような深刻な介護問題は発生していないという。その理由について、NHKラジオで専門家が解説していましたが、ヨーロッパでは、認知症発症の原因調査が行われ、根本治療には至らぬものの、認知症発症予防の方策が実施されているからだという趣旨の話をしていました。

 

アメリカでも認知症は日本よりははるかに低いそうですが、こちらはおそらく、医療体制の不均衡、不公平から認知症になる前に死亡する高齢者が多いからだと思われますが、以前読んでいた西日新聞に連載されていた、ヨーロッパの介護現場を取材した記事には、ヨーロッパでも寝たきりの老人はいないとはっきりと書かれていました。なぜなら、寝たきりになる前に死去するからだと、その理由も明確に語られていました。生きている間は健康に暮らせるというのは、どこの国の老人にとっても理想ですが、日本では高齢者といえば、介護人材の確保ばかりが話題になり、介護を必要とする老人を少なくするという話はほとんど出てきません。

 

世界一の長寿を誇っても、自分で排泄もできず、失禁が常態化し、他人の世話にならざるをえない状態での長寿はめでたいどころか、悲惨ではありませんか。しかし日本では、機械的な長寿年齢だけを見て長寿国だと悦に入り、挙げ句の果てに、その老人たちの世話を外国人に委ねようとは、余りにも無能無策ではありませんか。

 

日本では、認知症の本格的な実態調査そのものすら行われていないと専門家が話していましたが、これも異常です。世界一の長寿国日本で、それに関わる基本調査すら行われていないのは、なぜなのか。予算の選択配分の強化で、政府の認可を受けた調査研究以外は、自由にできなくなったからなのか。調査すら行われていないとは、認知症は増加するに任せ、外国人労働者の受け入れ増加の口実にしようとしていたのではないか。

 

事実、介護労働者は、ここ15年ほどの間に、日本経済を食い尽くす、医療・介護分野への「雇用の一極集中」(竹中正治龍谷大経済学部教授)という事態さえ生まれるほどに増加しているという。これはひとえに高齢者人口の増加によるものですが、日本人だけでは対応できなくなっているというのが現状です。しかし介護の現場も、テクノロジーの力を借りて、人手不足を補うことも可能だという。読売新聞にその事例が紹介されていましたが、介護などは、工場の製造現場のような、単一的なロボット化は不可能です。介護の現場、現場に応じた対応が必要となりますが、日本では、IT人材育成教育が完全に排除されてきましたので、あらゆる業種で絶対不可欠となる、IT人材の絶対的不足という根本的かつ致命的な欠損が存在します。

 

日本のこの致命的な教育政策の欠損の最大の責任はどこにあるのかは、今は問いません。安倍政権になって初めて、小学校からのプラグラミング教育の導入が決定されましたが、この政策がどこからも妨害されずに実施されるのかどうかは、未だ不透明です。仮に実施されても、彼らが社会に出るのはかなり先のことですので、当面の人手不足は外国人に頼らざるをえないという現実が一方であります。

 

IT・AIを使えば、人手不足のかなりの部分を補うことも可能ですが、日本はその人材育成を放棄し続けてきた結果、人手不足を補いうるイノベーションを起こす人材も不足するというダブル不足に見舞われています。ITやAIには論理的思考が必要だと言われ、一般的な文章による読解力強化ばかりが強調されますが、素人には、プログラミングの実践の中でこそ培われ、鍛えられる側面もあるように思われますが、どうでしょうか。

 

建設業もIT・AI化で省力化できる部分もあるとはいえ、ここ数年のこの業界の人手不足は3.11以降、春夏秋冬、ほぼ途切れなく日本各地を襲い続けた、異常気象による破壊によってもたらされた側面が非常に大きい。今年の11月に入ってからは、ここ数年では初めてといってもいいほど、災害は発生していませんが、これが本来の日本の季節の変化のありようだとは感じつつも、この平安がどこまで続くのか、どこかで不安を感じるのも事実です。近年はそれほど異常気象に襲われ続けたわけですが、この異常気象が本当に天然自然のものであったのか。この問題を究明することなしに、その結果もたらされた人手不足を、ただ外国人労働者受け入れ増加で対応するだけでは、もっと深刻な日本の破壊に繋がるはずです。

 

しかも世界的な潮流になっているイノベーションを無視して、旧態依然たる業態の保護、温存に力を入れると悲惨な結果になることを、産業革命を起こしながらも、自動車産業分野で遅れをとることになったイギリスのビックリ仰天エピソードを紹介しつつ、竹中正治氏が 人手不足の「業種格差」を放置すれば、日本経済ははてしなく停滞する と警告を発しています。

 

なお、近年の日本では非常に珍しく平安な気象が続いている11月、ヨルダンの世界遺産ペトラ遺跡が、史上初ともいわれる大洪水に襲われています。これも果たして、天然自然の災害なのか、真剣に疑うべきではないかと思います。

 

さてここで唐突ですが、稀勢の里の休場についても触れてみたいと思います。前場所で10勝を果たし、稀勢の里の復活なるかとの熱い期待の集まる中で始まった九州場所では、まさかの4連敗。そしてついに休場となり、熱い期待は厳しい批判へと変わりつつありますが、稀勢の里の真の敗因は、白鵬が仕掛けてきた陰湿な心理戦に負けたというのが、たまにしか相撲の実況中継を聞くぐらいの、全くの相撲素人のわたしの見立てです。

 

横綱に昇進したものの、負傷が尾を引き、休場に次ぐ休場が続く中、やっと復活への手応えを掴んだ前場所の後に迎えた九州場所。稀勢の里の復活にかけた闘志は、ファン以上のものがあったはず。ところが、開幕直前に白鵬の休場が公表され、若干間を置いて鶴竜の休場まで決まりました。この知らせを知った稀勢の里の心境はいかばかりであったか、我々は想像すべきでしょう。強敵が二人いなくなり、やれやれと思ったでしょうか。これは100%ありえぬことは、誰もが同意してくださるはず。

 

稀勢の里にとっては宿敵ともいうべき白鵬の休場だけでも、優勝目指して登り始めたはしごを、突如はずされたほどのショックであったはず。その上、鶴竜までもが休場。稀勢の里が戦意を喪失するに十分すぎるほどの舞台装置が、場所前直前に突如としてせり上がってきたようなもの。2横綱のいない場所で仮に優勝しても、それは真の優勝とはいえないのは、誰の目にも明らかです。稀勢の里にとっては優勝すら屈辱に思える状況です。万全の体調ではない稀勢の里にとっては、そんな贅沢はいえない瀬戸際に立たされているとはいえ、「俺たちは休むから、優勝しろよ。」そんな白鵬の声さえひそかに聞こえてきそうな状況が作られました。おそらく鶴竜は白鵬にそそのかされて休場を決めたはず。

 

白鵬は土俵の上でも汚い技を堂々と繰り返し、「偉業」の優勝を重ねてきましたが、今回の休場作戦も含めて、白鵬の心理戦駆使力は角界随一ではないかと思います。横綱昇進後の稀勢の里との取り組みで、白鵬がわざと、稀勢の里の得意技を誘うような体勢を作るという意表を衝く作戦に出て、難なく稀勢の里を倒したこともありました。勝負に勝つためにはありとあらゆる作戦を駆使することは当然であり、そのことで白鵬を批判するつもりは毛頭ありませんが、稀勢の里を含めて日本人力士が余りにもナイーブであることが、目下の相撲界の最大の問題だと思います。これは相撲界だけの話ではなく、日本人全般に共通している弱点です。

 

白鵬の陰湿な心理作戦に気づいたならば、稀勢の里も即刻休場を決めるべきだったと思います。白鵬は、前場所で完璧な全勝優勝していながら突如休場。6場所制の相撲で、白鵬はその半分ぐらいしか出ていないのではないか。完璧に休養を取って、他力士よりも優位な環境下で次場所に臨む。白鵬の身勝手さを助長させてきた日本相撲協会には、他のどの力士に対しても批判をする資格はないはずです。稀勢の里は、完全に戦意を喪失した中で4連敗という屈辱を味わう前に、白鵬、鶴竜の休場が分かった段階で、どんな批判を受けても、即刻、休場を決め対抗すべきだったと思います。心理戦には心理戦で対抗するという、精神のタフさ、図太さを鍛える必要が、日本人力士及び日本人にはあると思います。

 

大ベテランの相撲記者が、一人横綱でこの場所を盛り立てなければならぬと強いプレッシャーを感じて、そのプレッシャーに負けたと、稀勢の里の休場発表前から指摘していたとのことで、この見立てが業界並びにマスコミ全般の標準になっているようです。しかしなぜ稀勢の里が一人で横綱としての責務を果たさねばならないのか。こんな単純な見立てで、現在の相撲界を語れるとはとても思われませんし、相撲に限らず、スポーツ全般のトップアスリートとしてのメンタリティを考えても、もっと別の角度から見るべきだと思います。

 

もう一つ気になるのは、稀勢の里を治療している医師は信用できるのかという点です。例えば、相撲のご本尊のような人物が理事長をしているからと、日大医学部などに行くのは大変危険です。今の日本はそれぐらいの警戒心が必要な国なってしまっています。日大アメフトをめぐっては、監督やコーチの指示があったという証言は、選手を守るために言ったものでウソであったとして、当初の証言の撤回がなされていますが、これは明らかに工作の結果ですね。日大に在籍し、卒業するためには、あるいは日大アメフト部で選手を続けるためには、証言の撤回は不可避だったと思われますが、こんな日大の体勢を温存している文科省の責任がもっとも大きい。大相撲に公益財団法人の資格を与え、納税義務を免除するなどという優遇措置は全く無用。その上税金で補助金まで与えるなどとはもってのほかです。大相撲は他の興行団体同様、きちんと税金を払い、国民(個人のみならず法人も国民)としての基本的な義務を果たすべきです。

 

さて最後に消費増税問題。最大の問題は、公明党が異常なまでに強固に固執し続けてきた軽減税率でしょう。コンビニ内で食べれば10%でそのまま持ち帰れば8%、こんなアホな論議が国会で行われているとは、税金の無駄遣い以外のなにものでもありません。軽減税率はただひたすら事務の煩雑化、レジの煩雑化をもたらすだけ。一律10%にし、低所得層には補助金で補填するのがもっとも簡便かつ省力化を可能にする方法です。しかも軽減税率に伴う事務の煩雑化やレジの煩雑化は、導入時の一時的なものではなく、未来永劫続きます。脱税調査にしても、軽減税率を導入すれば、その可否まで調べなければならず、全く意味のない仕事に人件費や時間を投入せざるをえません。また、軽減税率の対象を巡る新たな利権までもが発生します。国の借金が膨らむ一方の日本では、行政手法も、省力化を推進する方向に向かうべきはずであるのに、なぜ公明党は軽減税率に異常にこだわるのか。

 

おそらく、多数の企業を傘下に収める創価学会の新たな収益源として狙っているはずです。8%から10%への変更だけなら、業者に頼まずとも利用者自らが変更できますが、軽減税率になると、素人には不可能であり、レジそのものを新しくする必要が出てきます。その仕事の受注を創価学会関連企業、あるいは利益還元を約束した企業(多分、外国企業)が狙っており、その強い意向を受けて公明党が執拗に主張してきたのではないか。それ以外に、公明党のこの異常な軽減税率への固執の理由は考えられません。

 

本来ならば、この反国民的な政策をゴリ押しする公明党は全員落選していただきたいですが、創価学会に守られている以上、どんな悪政をゴリ押ししても、まだ今のところはほぼ全員当選しそうです。この点では、日本は宗教の自由は十二分に保障されてはいるものの、部分的にせよ、民主主義は機能していません。そこで、創価学会に訴えたい。創価学会は仮にも仏教に基盤を置く宗教組織です。神仏(広い意味)の教え、御心は、自らの組織の現世的利益を得るために、他に損害を与えることは許していないはずです。創価学会が今も宗教団体であるならば、ただただ国民、国家に損失を与えるだけの軽減税率には、学会として反対を表明していただきたい。切にお願いいたします。

 

既刊本広告なお、以下に、国会議員としてきちんと国益を守る仕事をされている議員がおられることを紹介します。読売新聞やNHKでは全く紹介されていませんでした。日韓議員連盟の面々は、ただひたすら韓国に気を使うばかりで、国益を守る仕事をしていないことに不信をいだいていましたが、こういう超党派の議連もあったのかと驚き、ご紹介させていただきます。韓国側が、この質問状に誠実かつ真摯に応えるかどうか、全国民で見守りたい。

「歴史的な根拠を示せ!」竹島問題に一石 超党派議連が韓国議員に公開質問状を送付 2018年11月7日

 

太宰府秋の夜祭り~長崎の灯り11/16・11/17

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