官尊民卑な日々

炭都物語・表紙
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厚労省の統計不正をめぐる国会中継を断片的にですが、聞いていると、改めてこの問題に触れずにはおられないという気分に襲われてきます。前回の統計不正の背後事情では、勤労統計不正の始まり、その動機を明らかにしましたが、不正も長年続けていると、当然のことながら、不正だとの意識も非常に希薄になってきます。政治家やお役人とのやり取りを聞いていると、つくづくそう思います。あるいは、さほど重大な問題ではないとすら考えていたのではないかとさえ思います。2,3日前の衆議院の国会審議で国民民主党の足立議員が、この問題発覚後に実施された、聞き取り調査のお手盛りぶりを問いただしていましたが、特別監察委員会に調査を依頼せずに、厚労省で発生した不正を身内の厚労省のお役人が調査していたという。当初の報道では厚労省の幹部が同席していたとされていましたが、外部委員は一人も呼ばず、全部厚労省の役人が代わりに聞き取りをしたという。これでは調査にはなりませんが、厚労省の説明によると年末だから遠慮したということらしい。何のために監察委員会を作ったのか。

しかしおかしいのは、厚労省のお役人だけではありません。根本厚労大臣は、この身内のお手盛り調査についてすら、十分に状況を把握していなかったらしく、足立議員の質問に厚労省のお役人のアドバイスを受けながら答えていました。本来ならば、これほど重大な不正が発覚した以上、大臣が指揮を執って、原因究明に動くべきはずのところ、根本大臣の応答を聞いていると、全てお役人任せ、我関せずという感じ。おそらく根本大臣は、不正統計をさほど重大な問題だとは考えていなかったのではないか。それどころか、根本大臣は当事者意識すら持っていないらしい様子。大臣はただのお飾りなのか。大臣歳費は返還すべきし。任命権者の安倍総理の責任も問いたくなるほどのお粗末な対応。

国会答弁は議員の能力を映す鏡ですね。立て板に水のごとき弁舌力は必要ではありませんが、問題をどこまできちんと把握しているか、自らの任務にどれほど真剣に取り組んでいるかが答弁からは即伝わってくるからです。根本大臣の答弁はイライラさせられるばかり。よくもこんな人物を大臣に選んだものだと呆れながら聞いていました。調査の結果は、厚労省のお役人が文書にまとめ、年明けて監察委員に報告したという。監察委員会は単なるお飾りで、お役人の仕事に盲判を押すだけの役目しかないようです。設置の意味はゼロ。税金の無駄使い。

ただ、仮に監察委員会が開催されていたとしても、役人自身による身内調査とさほど変わらない結果になったようにも思われます。というのは、監察委員会の委員長は厚労省の外郭団体の理事長だという。第三者とは名ばかりの、主(厚労省)従(理事長)関係にある人物を使った監察委員会を、ヌケヌケと設置するという姿勢そのものが国民を愚弄しています。お手盛り体制が隅々にまで行き渡っているかのよう。これでは、監察委員会による調査がなされなかったことを批判するだけでは不十分です。

ここ数年、官僚不祥事が次々と発覚していますが、こうした事態は、官僚は何をしても許されるという歪んだ特権意識にまみれていることを物語っていますが、今回の統計不正をめぐる厚労省の対応もその典型的な事例だと思われます。今回の統計不正問題は、日本政府の統計軽視の姿勢と同時に、日本のお役人たちの質的レベルが目を覆いたくなるほどにまで低下していることをも、改めて暴露する結果になりました。行革で統計担当の職員が半分以下にまで減らされ、統計にかかる体制は先進国としては最低レベルにまで低下しているそうですが、国家公務員の削減が、民主主義国家の根幹を揺るがす事態を生み出していることには暗然たる思いに襲われます。こうした風潮とも無関係ではないと思われる官僚たちの劣化も、かつてとは質的に異なった段階に至っていることにも愕然といたします。

昨年、文科省のトップ(JAXAのトップも務めた人物)がその職権をバックに、自分の子供を医学部に不正入学させるという事件が発覚しましたが、つい最近も、JAXAのロケット打ち上げ見学会に、JAXAのお役人の家族が優待されたという事件も報道されていました。しかも複数のお役人が同様の優待を受けていたということですので、JAXA(文科省)ではこうした私的な特権行使はごく日常化していたのではないかと推測されます。JAXAに関してはさらに不可解きわまりない不正も発覚していました。医学部不正入学に絡み、民主党政権人脈で登場したコンサルタントが、JAXAが収集している気象情報の提供を依頼したという。依頼を受けたお役人はそれを了承。ただ現場では異例のことであり、多忙をきわめていたこともあり、この依頼はすぐには実行されなかったそうですが、JAXAが入手した気象情報が実際にこのコンサルに提供されたかどうかは不明。そうこうしているうちに3.11が勃発。

2000年初頭に省庁の大改造(大行革)が行われ、JAXAは文科省直轄下に置かれことになりましたが、それまでは科学技術庁の直轄下にありました。科学技術庁も文科省傘下の役所ではありましたが、文科省直轄ではなく、独自の予算編成権をもつ独立性の高い専門機関でした。しかし大行革で科学技術庁は廃止され、JAXAは科学専門ではない文科省のお役人の直接の支配下に置かれるようになりました。おそらく当初は、元の科学技術庁の体制を踏襲して、専門ではないお役人がJAXAに直接介入するようなことはほとんどなかったと思われます。

この体制に大きな変化が生じたのは、民主党政権下ではなかったかと推測されます。研究者でもないコンサルタントが、JAXAが収集している気象情報の提供を求めるというのは通常ではありえない、空前絶後の異様な出来事だと思われます。日本の気象に関する情報は気象庁や気象会社がHPなどで公開しているわけですが、わざわざJAXAから直接入手しようとしたのは、一般公開されていない気象情報を入手しようとしたとしか思われません。あるいは直接の情報には、気象以外の観測機能そのものに関わる情報も含まれていたのかもしれませんが、一民間人がこういう情報の提供を求める方も求める方ですが、すんなりと受けたお役人もお役人です。

こういうやり取りが何の障害もなくなされるということ事態、これまでのわれわれの常識や感覚では想像することも察知することも不能なほどの異様な変質が、日本の役所や役人の間に生じていることを証しているのではないかと思われます。こと文科省に限っていうならば、こうした役人天国への第一歩は、小泉政権下で、文科省の幹部(遠山敦子氏)が文科大臣に就任したことに端を発しています。文科省の役人が文科省の役人を管理監督するわけですから、これ以上の身内による管理体制はないはずです。遠山大臣は文科省からは大歓迎を受けたそうですが、当然ですね。

遠山大臣は、少子化の進む中、あえて大学設置基準の緩和を進め、現在の大学倒産の元凶となった人物でもありますが、ご本人は退任後は国立劇場の理事長など、文科省管轄下の優良施設に天下っています。文科省の役人たちの大学などへの天下りが始まったのも、この頃のことだと思われます。緩和以前は、教授になるには論文の質量が絶対的不文律として存在していましたが、緩和により、論文を書いたことのないような人物も教授になることができるようになったからです。結果、論文を書いたことのない官僚や韓国人教授も、日本の大学になだれ込むことになったわけです。

ただ遠山大臣の時代でも、今のような歯止めのない役人倫理の崩れはなかったはずです。職権をバックにした、大学など利害関係先への官僚の天下りが容認され続けてきたことに加え、他の様々な要因(今回は要因についての探索はしませんが)が絡んでの現在の惨状だと思いますが、厚労省絡みでいうならば、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)との関連でも、国家公務員などへの特権擁護が貫徹されていることも、公務員倫理の崩壊に拍車をかけているのではいかと思います。世界最大規模の資産を有するというGPIFは、巨額の年金積立金が無駄な公共投資に使われることへの批判を受けて、年金積立金の資産運用を目的に小泉政権末期に発足しました。2013年の第二次安倍政権発足後は、株式投資への比重が大幅に拡大され、国による株価操作だとの批判を受けたのは記憶に新しいところです。

国の資産の株式投資などでの運用はどこの国でも行われていますので、そのこと自体は批判するつもりはありませんが、問題は、一般国民に対するリスクヘッジがきちんとなされているか否かです。株式運用では巨額の利益を得ることもありますが、その逆もまた有り。年金資金を運用する際は、変動の激しい株式市場の動きを事前に予測して危険を回避することは、どれほどのベテラン投資家にも不可能ですので、一般国民への被害は最小限にとどめる配慮がまずなされるべきだと思います。

既刊本広告つい先日も、GPIFが巨額の損失を出したことが明らかになり、国会でも取り上げられていました。昨今の米中対立による世界経済の減速からするならば当然の結果ですが、今回のように例外的に、十分すぎるほどに危険予測が可能な状況下で早めの危険回避策が採られたのかどうか、その資産運用の実態も検証する必要があると思われますが、どこからもそうした声や要望は出ていません。これも不可解。

そもそもGPIFの最大の問題は、年金積立金の運用には、政治家や官僚が加入する国家公務員などの年金は含まれていないという点にあります。不可解なことには地方議員の年金は廃止されていますので、地方の場合は地方公務員の年金が運用から除外されているはずです。つまりGPIFは、公務員以外の一般国民の年金のみを株式市場の危険にさらして運用されているということです。公務員の基本的で最も重要な任務は、公に奉仕することにあるというその使命を認識しているのであれば、株式市場での運用という危険に満ちた手法は、まずは公務員年金で試みるというのが本筋だと思います。公務員年金の運用で、様々な問題点を洗い出し、一般国民の年金運用での損失を極力抑制する方策を立てた上で、一般国民の株式での年金運用を開始すべきだったはずですが、日本政府は、公務員年金はリスクにさらさず、一般国民の年金を平然と危険にさらしています。リスクなしには高額利益はなしというのであれば、公務員年金も一緒に運用し、共にリスクを甘受すべきです。

第2次安倍政権では年金の株式投資が大幅に拡大されましたが、それ以前も確か20%ぐらいだったと思いますが、公務員年金を除外した年金が株式に投資されてきました。この公尊民卑体制は民主党政権下でも変化はなし。投資超大国アメリカでは日本とは真逆、公務員の年金は株式市場で運用しているそうですが、一般国民の年金は株式リスクにはさらさしていないという。目下、日本で蔓延している公尊民卑風潮を打破する第一歩として、公務員年金もGPIFの株式運用に投資すべきです。というよりも、資金の規模は小さくなるとはいえ、株式投資は、公務員年金を最優先する方針に大転換すべきです。公務員がまずは身を挺して国民を守る、それを実際の行動で示すべきです。それ以外に政治家を含む公務員の倫理崩壊を阻止する方法はないはずです。

千葉の小4女児の父親による虐待死問題も国会で取り上げられていましたが、子供を守ることが最大の使命である児童相談所や教育委員会が、子供を守らずに我が身を守ることを最優先した結果であることは明白です。父親が恫喝したとしても、身を挺して子供を守るという意識があれば、父親の要求を拒否できたはずですが、児相は基本的使命を放棄して女児を犠牲にして我が身を守ったわけです。おそらくこの判断は、瞬間な、いわば本能的な反応だったと思われます。人間は本能的な衝動を、道徳観や法律や使命感などによって抑制して社会を維持してきたわけですが、その基本が公の場から崩れ始めているというのが現在の状況であり、その病巣は非常に深く、問題解決は簡単ではないはずです。

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ただ、親による幼児虐待は近年頻々と発生しており、国連からもその異常さが指摘されたことが一昨日報道されていたほどですが、この異常な事態は、少なくとも10数年ぐらい前から始まった、ごく最近の傾向です。しかも世界を見渡してても、日本にのみ顕著な異常事態です。千葉の事件報道から数日後には、大阪でも同様の事件が発生し、妻の連れ子である2歳の娘を虐待死させた継父が逮捕されています。一昨日は、福岡でも継父による似たような児童虐待事件が発覚しましたが、千葉の事件もあり、学校、教委、児相、警察による迅速かつ緊密な対応がなされた結果、最悪の事態は避けられ、子供は無事保護されたという。

次々と続くこうした異常事態は、なぜ日本にのみ集中的に起こるのか。その背景については別途取り上げたいと思いますが、対処療法としては、学校や児相だけでは対応できない場合は、警察の支援を受けることができる体制を整えることも有効だと思いますが、想像を絶する幼児虐待が頻発する中、児相などの関連機関の対応は余りにも杜撰、おざなり。自らの職業に対する使命感、職業倫理が欠落していることが最大の問題だと思います。これは政治家を含む、国家公務員などの倫理崩壊現象と無縁ではないはずです。もちろん、公務員に厳しい倫理や使命感を求める以上、その仕事に十分に報いる体制や制度も整える必要があることは言うまでもありません。

倫理崩壊といえば、消費税の軽減税率にも象徴的に現れています。軽減税率がいかに愚策であるかは野党からも厳しく追及されていましたが、混乱と経費の増大(国や地方の関連部署の事務費用の増大)と税金をめぐる政治的利権化しかもたらさない軽減税率を、学会員の拡大などにも利用しようとする創価学会からの要求であることは明白です。公明党の政策は創価学会の了承なしには存在しえないわけですから、現世利益を最優先した、宗教教団としての最低の倫理すら崩壊している創価学会に厳しく抗議いたします。恥を知りなさい。

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